家翳2 

 研究会の後、同分野の人との交流会である懇親会があります。
私は、友人のYさんと懇親会の会場に移動しました。
懇親会の会場に入ると、直ぐに先ほどの視線の主に目が行きました。
でも、テーブルが離れていたので直ぐには話をしませんでした。
それに、この時は、もう、先ほど感じた視線を感じることもなくなっていました。
私は、このことにホッとして席に着きました。
 懇親会が始まり、しばらくして座がバラけ、視線の主は友人を連れて私の所にやってきました。
私は、隣に座っているYさんと視線の主を迎えました。

「 私、Kと言います。
 今日の話、興味を持って聞かせていただきました。」

近くで見ると、Kさんは気の良さそうな人であることが分かりました。
友人のTさんも素朴な人だなと思いました。
 私とYさんは、Kさん、Tさんを加えて、四人でしばらく話をしました。
言葉のイントネーションが微妙に違うので、何処から来られましたかと聞くと、二人とも日本海側のかなり田舎に住んでるんですと言って笑いました。
確かに、場所は、ちょっと不便かなと思いました。
 JRの駅からはかなり距離があるし、自動車が無いと生活できないと言う話も二人がしてくれました。
話をしていると、二人の素朴さが滲み出てくるのが分かりました。
関西人である私たちとは異質なものです。
私は、このとき少しKさんを、面白いかなと思いました。
それでも、会って数時間だし、それほど打ち解けるまでも行かないうちに懇親会が終了して、二人は駅前のビジネスホテルに泊まり、私とYさんは夜のJRでその日に帰りました。



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[ 2007/10/31 18:58 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳3 

 研究会は、毎年、夏に開かれています。
場所は、毎年変わります。
次の年は、一泊しないと行けない所でした。
私とYさんは、泊まる所を何処にしようかと相談しなければいけないなと思っている所に突然、Kさんから電話が入りました。

「 去年は、有難うございました。」
「 いえ、こちらこそ有難うございました。」
「 今年も、研究会に行かれますか?」
「 そうしようと思っていますが。」
「 そうですか。
 今年の研究会は、N市ですね。
 Tさんとも相談したのですが、そちらからだと一泊しなければ来れな
 いですね。
 私たちも泊まらないとダメな距離なので一泊しようと思っているんで
 すが、どうでしょうか、宜しければ、N市の近くに温泉付きの旅館が
 あるのですが、一緒に泊まりませんか?
 他に、もう決まっているのならいいのですが。」
「 それは、ありがたいです。
 まだ決まっていないので・・・。」
「 そえじゃ、予約します。
 この前のYさんもご一緒ですか?」
「 ええ、二人で行こうと思っています。」
「 じゃ、Tさんも来ますので、合計四人分予約しておきます。」
「 有難うございます。」
「 また、連絡します。」
「 はい。」

 電話は切れました。
私は、旅館の手配をしなくてよくなってラッキーと思いました。



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[ 2007/10/29 18:34 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳4 

 夏が来て私とYさんは、N市の研究会に出掛けました。
Kさんと連絡を取り合って、予定通りN市の郊外にあるR温泉の旅館に泊まることになっています。
 この年は、私は発表せず、Yさんが発表しました。
私は、ひな壇にKさん、Tさんと一緒に座ってYさんの発表を見ていました。
去年は、逆の立場でKさんの視線を、私は感じていたことを思い出しました。
隣に座っているKさんをチラッと見て、穏やかな顔をしているなと思いました。
Yさんの表情からも、去年、私が感じた視線をYさんは多分感じていないなとも思いました。
 研究会が終わって、懇親会はパスして、四人で旅館の方に移動しました。
交通の便が悪いので、四人でタクシーに乗って移動しました。
街を抜けると畑ばかりです。
畑を抜けると山の裾を走って、川沿いの道を遡ると山と川に挟まれた三軒ほどの鄙びた旅館が並んで見えてきました。
到着した時間は、遅かったと思います。
日暮れが迫っていて辺りは暗くなり始め、旅館には電気が点いていました。
 タクシーを降りて旅館の前を見ました。
三軒の旅館は、造りも古く歴史を感じられました。
そして、三軒の内一番手前の旅館が手配された宿泊所でした。
私は、玄関の敷居を跨いで一歩中に入った時に違和感を感じました。

“ あれっ、これは・・・。”

Kさんは、私をチラッと見て中に入って来ました。




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[ 2007/10/28 18:03 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳5 

 YさんとTさんは元気です。
Tさんは酒が大好きで叫びました。

「 温泉に浸かって酒をのむぞ〜。」

酒はTさんも大好きで息が合いそうです。
私とKさんは付き合い程度で、それ程飲みません。
私は、先程の違和感は気になってはいたのです。
でも、久しぶりの温泉なので楽しもうと思っていました。
 旅館は年代物で全体がこげ茶色に変色していました。
仲居さんに案内されて廊下を歩きながら、通路を右に左に、階段を上がったり下がったりで、建て増しを何回も重ねていると思いました。
それに板張りの廊下は、歩けば所々ギシギシ軋み、敷いてある絨毯も端が擦り切れ、厚みも無くなってペタンとしていました。
 部屋の入り口は、木のドアでした。
昔は、一枚引き戸だったらしく、部屋の内側の壁に戸が入る凹みが見えました。
部屋に着いて、仲居さんが四人にお茶を入れてくれて、簡単に旅館の説明をしてくれました。
部屋の設備は古く、今どき無いような100円入れて映るようなチャンネルの緩んだテレビや壁掛け型の中古品のエアコンが見えました。
もっとも、テレビは100円入れなくても映るようには設定してありました。
 その後、仲居さんから、この部屋と隣の奥の部屋の二部屋を使ってくださいと言われました。
それで、私とTさんはこの部屋、KさんとYさんは奥の部屋を使うことにしました。
そして、KさんとYさんは荷物を持って隣の部屋に移動しました。
 私とTさんが荷物を片付けていると、KさんとYさんが部屋に入ってきました。
Kさんが私に言いました。

「 ちょっと、部屋を見に来てくれますか。」
「 どうかしたんですか?」
「 いや、ちょっと臭いがするのです。」


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[ 2007/10/27 18:43 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳6 

 私はどうしたのかと思って、隣の部屋にTさんと共に行って見ました。
部屋の造りはどちらも同じです。
扉から入って、直ぐ右手に洗面と風呂にトイレ、通路の奥に八畳の和室があります。
和室には、床の間に掛け軸、板の間のホールに向かい合わせの二人用の応接セット、そして、外の見える大きな窓が広がっています。
 造りは同じなのですが、部屋全体がちょっと暗いなと思いました。
それに、部屋に入るのに躊躇しました。
入って直ぐ右横にある風呂とトイレも気になるのです。
それでも、成り行き上、部屋に入らない訳にはいかないので、我慢して奥の八畳の部屋に入ったのです。
ここは、確かに生臭い臭いがします。
私は、部屋に入って、臭いは押入れの横にあるクローゼットの辺りのように思いました。
 Kさんが、私に言いました。

「 どうですか?」
「 ええ、ちょっと臭いますが・・。」

でも、TさんやYさんは言いました。

「 私は、分からないのですが、そうですか?」
「 私も、分かりませんが臭いますか?」

どうやら、臭いが分かるのは私とKさんだけのようです。
どうしたものかなと思いつつ、私は提案しました。

「 まあ、Kさん、臭いが気になるようですし、私たちの部屋で四人泊
 まりませんか。
 四人分、布団を敷いても十分な広さもありますし・・・。」
「 窮屈じゃないですか。」
「 いや、TさんやYさんが、酒盛りを始めそうだし、夜は長いですの
 で・・。
 それに、ゆっくり話もできますよね。」
「 そうですか。
 それじゃ、そうさせていただきます。」

KさんとYさんは、広げた荷物をそれぞれの鞄に片付け始めました。




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[ 2007/10/26 18:49 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳7 

 私は、部屋の中をグルッと見回しました。
私の泊まる部屋より、この部屋は少し寒いのです。
そして、よせば良いのに床の間に飾ってあった山水画の掛け軸を捲ってみたのです。
 掛け軸の裏の真ん中には、神社のお札が貼ってありました。
怖がらせるのも不味いかなと思ったので、もとに戻そうとしました。
でも、横からTさんが覗き込んで言ったのです。

「 あれぇ〜、これ、お札ですよ。」

KさんもYさんも鞄の片付けの手を止めてやって来ました。

「 ほんとですね。」
「 貼ってありますね。」

Tさんが、山水画の掛け軸を捲って持っている私に聞きました。

「 これって、魔除けですかね?」
「 そんなところでしょう。」

私は、掛け軸をもとに戻しました。
Tさんが続けて、私に言いました。

「 また、これ、メモしておくんですか?」

それを聞いて、Kさんが私の顔を見ながら質問しました。

「 こう言う分野も、専門なのですか?」

Tさんが、私の代わりに答えました。

「 この人、色々な話をメモして残しているんですよ。
 第二専門ですよ。
 こっちの方が本職かも知れないくらいですよ。」

私は、Tさんをチラッと見て口篭りました。

「 いや、そう言う訳でもないんですが・・・・。
 まあ、不思議な話って面白いじゃないですか。
 遠野物語みたいな・・・。
 部屋に戻りましょうよ、そろそろ。」
「 そうですね。」

私は、この部屋は怖いなと思えたので早く出ようと話を切り上げました。



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[ 2007/10/25 21:22 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳8 

 KさんとYさんは鞄の所に戻って、広げた荷物の片付けを再開しました。
Tさんが、KさんとYさんに言いました。

「 じゃ、先に部屋に戻って、夕食と布団、四つを私たちの部屋にっ
 て、旅館のフロントに連絡しておきます。」
「 お願いします。」

 私とTさんは、先に部屋に戻りました。
Tさんがフロントに、食事と布団の件を連絡している間に、私は、そっと私の部屋の掛け軸の裏を覗いて見ました。
この掛け軸には、お札は貼ってありませんでした。
部屋に臭いもしません。
ああ、大丈夫だ、と思いました。
 電話を掛け終わったTさんが、私に言いました。

「 この部屋に戻って表情が明るくなりましたよ。
 私には分かりませんが、隣の部屋、変ですか?」
「 う〜ん、ちょっと怖いかな。」
「 どう怖いか、分からないですね、私には。
 この部屋は、大丈夫ですか?」
「 ええ、多分。」
「 そりゃ、安心だ。
 それじゃ、夕食を食って、風呂に入って、夜は大宴会ですね。
 酒が飲めるぞ、うれしいなっ!
 Yさん、私と同じ酒飲みみたいだし。」

KさんとYさんが、鞄を持って部屋に入って来ました。

「 お邪魔します。」

Tさんが、ニコニコしながら答えました。

「 お邪魔しますって、ここは四人の部屋ですよ。
 夕食を食って、風呂に入って、夜は大宴会ですよ。
 KさんもYさんも、みんな陽気に盛り上がりましょう。」

私も、二人を歓迎して言いました。

「 そうですよ。
 今日は、一仕事、終わったんだし。」

私は、せっかく温泉に来たんだから、余計なことを言わずに楽しくやろうと思いました。



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[ 2007/10/24 19:47 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳9 

 四人とも浴衣に着替えました。
テレビをつけると、地元のUHF局の番組が流れてきました。
ニュースの隙間で地元の酒のCMが流れました。
TさんとYさんは、もう宴会モードです。
この辺りは、どこそこの地酒が美味いとか、酒の話を始めました。
 私とKさんは、窓際の応接セットに向かい合わせに座って、外を流れる川を眺めていました。
渓流の音が聞こえています。
私は、Kさんに聞きました。

「 お二人は、ここに泊まったことはあるのですか?」
「 いえ無いです。
 旅行社に、適当な所がないかって聞いたら、ここを持ってきたので
 す。」
「 そうですか、静かで良さそうなところですね。」
「 昔は、賑わっていたそうですが、客の流れが変わって、今は寂れて
 いますね。」
「 客も少なそうですし、少々騒いでも文句は出ないですね。」
「 そうですよ、ちょうどいいですよ、それに安いですからね、はは
 は。」

 そのうち、部屋には料理が運び込まれ、夕食です。
ビールで乾杯して、後は飲み終わった日本酒のお銚子がゴロゴロ転がります。
四人で、ワイワイやって、楽しみました。
特筆は、Tさんの手品です。

「 ちゃらららら、らぁ〜ん、ららららら、らぁ〜んららぁ〜。」

オリーブの首飾りの口音楽に乗って、座布団をくるくる回しながら踊ります。

「 は〜い、何も無い所から、思いがけない物が現れまぁ〜す。
 はぁ〜〜い!
 ジャ〜ンッ!!」

 座布団を畳にバサッと置いて、おもむろに捲ると旅館のスリッパが登場しました。
見ていた三人は、げらげら笑いました。
研究発表のプレッシャーから解放されたTさんは絶好調でした。
料理に満腹して、酒もまわって、みんな機嫌が良く、次は風呂に入ろうと言うことになりました。




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[ 2007/10/23 19:16 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳10 

 露天風呂があると言うことで、Yさんはお酒の入ったお銚子とお盆を持って風呂に乱入です。
廊下を玄関の方に少し戻り、途中を左に折れると風呂への通路があります。
宿泊客は我々しかいないのかと思えるほど旅館は静かでした。
床のギシギシ言う風呂への通路を通過して、脱衣場に入りました。
脱衣場は、ちょっとすえた臭いはしますが、これは許容範囲です。
 中に入ると、大きな露天風呂と内風呂がありました。
風呂は特に怪しい気配は無く、これなら、ここは、問題はないかなと言う気分でした。
私は、月明かりの照らす露天風呂で首まで湯に浸かっていました。
横にKさんが浸かっていて私に言いました。

「 部屋が狭くなってすみませんね。」
「 いや、多い方が賑やかで良いですよ。」
「 そうですよね、賑やかな方が良いですよね。」

 私は、Kさんは先ほどの臭いのことを考えているんだと思いました。
Kさんが言いました。

「 前に、あれとよく似た臭いを嗅いだ事があるんです。」

 私は、Kさんの方を見ました。
Kさんは、露天風呂の周りに植えてある木の上に覗いている月を見上げながら、私に言いました。

「 前に住んでいた家でです。」
「 引越しされたんですか?」
「 ええ。」

 Kさんは、見上げていた顔を下ろして、両手でお湯を顔に掛け、ゴシゴシ洗いました。
私は、話の続きを言うのかなと思いましたが、Kさんは話を続けず、間が開きました。
 私は、言おうかどうしようか迷っているようにも見えたので、突っ込んで聞こうとはしませんでした。
気分が乗って話す気になれば、また、その時、聞けばいいと思いました。
気分が乗らないときに話すと、後で後悔することが多いことは経験から分かります。
 露天風呂のお湯がゆらゆら揺れています。
Yさんが、岩の上に置いてあったお盆をお湯に浮かべました。

「 お銚子を置いても浮いているぞ!」

 Yさんは、お酒の入ったぐい飲みを、口に持って来てニコニコしています。
でも、露天風呂の端の方にいたTさんが突然泳ぎ出して、Yさんがお盆に載せていたお調子が波でひっくり返ってお酒風呂になりました。
Yさんは風呂でも笑わせてくれます。




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[ 2007/10/22 18:50 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳11 

 部屋に戻って、宴会の続きです。
四つ並べてあった布団を横にやって、遅くまで話し込みました。
それぞれが持っている面白いネタ話ばかりで楽しめました。
結構みんな打ち解けていい感じです。
午前一時前まで、話をしていました。
 午前一時を過ぎて、そろそろ寝ようかと言うことになり、端にかためてあった布団を並べ直しました。
入り口から窓に向かって四つ並べるのですが、私は初めに敷いてあった布団の頭と足を逆にして四つ並べました。
どうも、頭を先ほどの隣の部屋に向けて寝るのは嫌だなと思ったからです。
 入り口から、Tさん、私、Kさん、Yさんの順で寝ることになりました。
私が、最初にここに寝ると言って場所をキープしました。
ちょっと、強引かなと思いましたが、廊下側の端と窓際の端は避けました。
本当の所を言うと、私は怖がりなんです。
 直ぐに、Tさんは洗面で歯ブラシ、Yさんはトイレに入りました。
私は、ビールでトイレに行きたかったのですが、先に入られてしまいました。
なかなかトイレからYさんが出てこないので、仕方無く、廊下の突き当たりにあったトイレを利用することにしました。
最初に仲居さんに案内されて廊下を歩いているとき、部屋の前の廊下の奥の突き当たりにトイレ、その手前に三人ほど使える洗面所があるのが見えていました。
 私は、歯ブラシを持ち部屋を出ました。
ちょっと、隣の部屋の前を通過するのは怖いなと思いましたが、小便がしたくて、我慢できません。
廊下の正面にトイレ、左手に洗面が見えています。
私は、トイレに急ぎました。



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[ 2007/10/21 18:36 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳12 

 隣の部屋の前を通過して、洗面を通り過ぎました。
洗面を通過するとき、廊下は突き当りのトイレで終わりだと思っていたら、Γ字型に右に折れて続いているのがちらっと眼の端に見えました。
トイレは、廊下より低い位置にあります。
私は、トイレ前の階段を三段下りて、トイレに飛び込みました。
 一息ついて、トイレから出て、階段を三段上がると右手に洗面所があります。
左手には、仲居さんに案内されて廊下を歩いているときには、気が付いていなかったのですが、電気の消えた廊下が真っ直ぐ続いていました。
廊下の奥は真っ暗で見えません。
 私は、右手の洗面に向かって水道の栓を捻って歯ブラシを濡らし、歯磨きを付けて口に入れました。
洗面所の前を見ると、壁に大きな鏡があり、私の肩越しに私の後ろには真っ暗な廊下が映っていました。
 私は、鏡に映っている真っ暗な廊下の奥を見ていました。
特に、何かが見えた訳では無いのですが、私は歯ブラシをくわえたまま、頭の後ろから背中に掛けてぞ〜っと寒気が走りました。
気味が悪いし、嫌だなと思いました。
 私は、歯ブラシをくわえたまま部屋に走りました。
そして、部屋に入って、入り口の鍵を掛けました。
スリッパを脱ぎかけて、もう一度入り口のドアに戻り、鍵が掛かっているか確かめました。
 部屋に入ると、Kさんが私に聞きました。

「 どうかしましたか?」
「 いや、廊下の洗面は暗くってよく見えないので、部屋の洗面で続き
 をすることにしたんです。」

私は、歯ブラシを口から出して右手に持ち、歯磨きの泡を吹きながらモゴモゴ喋りました。

「 あはは、カニみたいですよ。」

Kさんは、私を見て笑いました。
私は、Kさんを怖がらせたくなかったので、うまく誤魔化せたと思いました。



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[ 2007/10/20 18:48 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳13 

 四人とも布団に入って、電気を消しました。
窓のカーテンの隙間から、月明かりが薄く入っています。
私は、先ほど布団を敷くとき、自分の枕の下にそっと持って来たお守りを入れました。
そして、寝る前に手を枕の下に差し込んで、ちゃんとあるか確かめました。
それに、枕もとの頭の上に、扇子も置いたのです。
扇子は閉じてあるから分かりませんが、広げると般若心経が書いてあるのです。
他の人から見れば、夏で暑いので置いてあるのだと考えると思います。
 私は、天井を見ながら、あの真っ暗な廊下は何処に続いているのだろうかと思いました。
そのうち、TさんとYさんがいびきをかき始めました。
Kさんも寝たようで静かです。
私も、明日の予定を考えているうちに寝てしまいました。
 どれだけ時間が経ったでしょうか。
私は、夜中に突然眼が開きました。
意識は、はっきりしていると思いました。
でも、全身が痺れている感じがします。
正座した後で来る痺れとよく似ています。
全身が動かないのです。
眼だけで周りの様子を窺いました。
天井を見ると、周りは暗いので、まだ夜明けまで遠いなと思いました。
他の人達の寝息がす〜、す〜と聞こえます。
これは、まずいなぁ〜と思いました。
 私は、あまり金縛りと言う言葉は好きではありません。
金縛りを心理学的に説明しようと言う試みもあります。
また、医学的にも幻覚を見やすい条件が揃っていることもあります。
でも、それ以上のものもあるんじゃないだろうかと思います。
これが起こると、ろくな事が無いのです。



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[ 2007/10/19 20:53 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳14 

 私は、神経を集中して様子を窺いました。
私の頭に先ほどの暗い廊下のイメージが浮かびました。
眼を開けていても、また、閉じたとしても、映像が浮かびます。
何かが来る気配を感じました。
 私は、耳を澄ませました。
遠くの方から、小さく鈴の音が聞こえます。

“ りーん・・・、りーん・・・、りーん・・・・・・・・。”

風鈴のような音です。
五秒ぐらいごとに間隔を空けて、一度ずつ鳴らしながら、少しずつ、あの暗い廊下の奥から、こちらに近付いて来ていると思いました。
 私は、廊下の洗面所の前にあった鏡を思い出していました。
私の肩越しに、鏡には、吸い込まれるような、何処まで続いているのか分からないような暗闇が映っていました。
その奥から何かがやって来るのです。
私は、凍り付きました。

“ まずいなぁ〜、まずいなぁ〜、まずいなぁ〜。”

 私は、他の人を起こそうかどうしようか迷っていました。
声は、出るような気がしたのです。
でも、みんなせっかく寝ているのに、起こすのも悪いような気もするし・・・。
それに、何も起こらず、通り過ぎるかもしれない。
私は、都合の良いように考えて様子を見ることにしました。



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[ 2007/10/18 17:16 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳15 

 鈴の音は、隣の部屋の前まで進み、隣の部屋のドアが開きました。
冷たい鈴の音が足下の壁越しに聞こえます。
鈴の音は、ゆっくりと入り口から窓の方に移動し、また、入り口のドアに戻りました。
そして、隣の部屋を出て、廊下をこちらの部屋の方に移動して来ます。
私は、心の中で呟きました。

“ 来るな、来るな、来るな・・・・・。”

 鈴の音は、この部屋の前まで来ました。
そして、部屋の前で留まって鳴ってるんです。
私は、般若心経を心の中で唱えました。
しばらくして、ドアの前で鳴っていた鈴の音が、再び廊下を通過して玄関の方に移動して行きました。
 鈴の音が、遠ざかって行きます。
私は、ホッとしました。
でも、体の痺れはとれません。
おかしいなと思っていると、鈴の音が戻ってきます。
私は、もう、止めてくれと思いました。
 鈴の音は、この部屋の前まで戻って来ました。
そして、また、部屋の前で留まって鳴ってるんです。
私は、再び必死に般若心経を心の中で唱えました。
すると、ドアの前で鳴っていた鈴の音が、諦めたのか、廊下の奥に移動して行きました。
今度は、隣の部屋には入りませんでした。
 鈴の音が、奥の廊下を遠ざかって行きます。
Γ字型の廊下の奥に消えて行ったんだと思います。
そして、鈴の音は聞こえなくなりました。



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[ 2007/10/17 19:12 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳16 

 私は、ホッとしました。
体中、冷や汗が流れています。

“ はあ、何とかなった。”

 私が、この旅館に一歩入ったときに感じたものは、これだったのです。
私の体は、ようやく痺れがとれ、動くようになりました。
そして、体に脱力感を感じました。
力が入っていたんだと思います。
そのとき、寝ているものと思っていたKさんが、私に話しかけてきたんです。

「 女、ですね。」

 私が思っていたことをKさんは言いました。
女のイメージが頭の中にあったのです。
私は、驚いて横に寝ているKさんに言いました。

「 起きていたんですか。」
「 ええ、体が固まってしまって声も出ませんでした。」
「 ちょっと、怖かったですね。」
「 いや、かなり怖かったですよ。」
「 とにかく、入って来なくて良かったです。」
「 入ってきたら、困るなって思ってました。」
「 来るな、来るな、来るな〜って心の中で念じていました。」
「 私もです。」
「 隣の部屋には入って来ましたね。」
「 ほんとですよね。」
「 Kさん、隣の部屋で寝なくて正解ですね。」
「 寝ていたら、今頃どうなっていたやら・・・。」




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[ 2007/10/17 01:31 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳17 

私は、Kさんに言いました。

「 寝る前に、廊下の洗面所に行ったんですよ。
 洗面所の前に大きな鏡があり、私の肩越しに私の後ろには真っ暗な廊
 下が映っていたんです。
 頭の後ろから背中に掛けてぞ〜っと寒気が走りました。
 部屋に逃げ帰りました。」
「 歯ブラシのあれですね。
 表情がちょっとおかしいなと思ったんですですけど、そうだったんで すか。
 何か見えましたか?」
「 いえ、廊下の奥は暗がりで何も見えませんでした。」
「 何も見えないって怖いですよね。
 何か見えても、怖いけれど・・・・・。
 隣の部屋のお札、あんまり効きませんでしたね。
 行ったり来たりしてましたよ。」
「 隣の部屋は、お札より脱臭剤の方が良いですよね。」
「 ははは、臭いですね。
 私の前に住んでいた家でも臭いました。」
「 ひょっとして、臭いの後は、先ほどのように出るのですか?」
「 そうです、出ます。
 家族みんなで脱出しました。」
「 引越ししたんですか?」
「 そうです、引越ししました。
 前に住んでいた家は、今も手付かずでそのまま置いてあります。
 逃げ出したんですよ、怖いから。」

私は、ちょっと迷ってから聞きました。

「 失礼かも知れませんが、原因はあるのですか?」
「 いや、分からないのです。」

私は、原因なんて言葉はまずかったかなと思いました。
差し障りのある原因は、言い辛いです。



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[ 2007/10/16 11:59 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳18 

Kさんは言いました。

「 言い辛いような原因は、私にはありません。
 家族にも無いと思います、たぶん。
 一度、見て見ますか?
 色々な話をメモしているとTさんが言っていたし。
 誰にも話していないし、家族も気分が籠もった状態なんですよ。
 話を聞いてもらった方が、ガス抜きが出来ると思いますし・・。」
「 ちょっと見てみたい気もしますが・・・。」
「 まあ、鈴の友と言った所で・・・・。
 私と同類と言うことも分かったことだし。
 でも、前に住んでいた家の中に入るのは止めて置いた方が良いと思い
 ます。
 また、ご招待します、歓迎しますよ。」
「 じゃ、Kさんの都合がいいときに、お邪魔させてもらいましょうか。
 でも、退治は出来ませんよ。」
「 いや、そこまでは思っていませんよ。
 家族のガス抜きで、話を聞いてやって下さい。
 田舎ですし、こんな話、誰にもできないじゃないですか。
 一度、来てください。」

 また、Tさんのいびきが始まりました。
Yさんも機嫌良く熟睡しています。
私は、Kさんに言いました。

「 二人とも、よく寝ていますね。」
「 臭いもそうだったのですが、この二人は全然感じないんですね。」
「 そのようですね、得ですよね。」
「 全然感じない方が、絶対、得ですよ。」
「 明日の朝、起きたら、“ああ〜、よく寝た”って、すっきりした顔
 で言うんでしょうね。」
「 ほんとに、幸せですよね。」
「 そうですよね、うらやましい。」
「 うらめしやぁ〜ですか。」
「 ははは。」
「 じゃ、朝まで、もうちょっと寝ますか。
 もう、やって来ないでしょう。」
「 そうですね。
 そう思います。
 じゃ、私も、もうちょっと寝ます。」

私は、Kさんと話をして気が紛れたのか、少し朝までウツラウツラすることが出来ました。



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[ 2007/10/16 01:05 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳19 

 朝になって、Tさんの大声が聞こえて眼が覚めました。

「 あ〜、よく寝た。」

Tさんは、窓に引かれたカーテンをバッと引いて、窓を開けました。

「 うお〜っ、いい天気!
 風が入って気持ちがいい。
 はいはい、皆さん、もう直ぐ朝飯ですよ。
 その前に、温泉に浸かりに行きましょう。」

Yさんが眼を開けて、窓の方を見て言いました。

「 よく晴れてますね。
 風呂、行きましょうか。」

Tさんが布団に包まって、ぼ〜としている私とKさんに言いました。

「 はいはい、起きましょう、そこの、お二人さん!
 あ、そうだ、起床の音楽鳴らします。
 ぺんぺんぺんぺん、はい!
 朝だ、あぁ〜さぁ〜だぁ〜よぉ〜、あさ〜ひぃがのぼぉ〜る〜。」
「 分かりました、分かりました、ぉ、起きます。」

私は返事をして、隣のKさんに言いました。

「 元気ですね、予想通り。」
「 元気なことは良いことだっ、よっこいしょ!」

 Kさんは起き上がりました。
私も起き上がり、四人でタオルを持って風呂に行きました。
露天風呂のお湯で顔をゴシゴシ擦ると、ちょっとすっきりした気分です。



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[ 2007/10/13 18:03 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳20 

 風呂から上がって、廊下を四人でギシギシ言わせながら部屋の前まで戻りました。
三人が部屋に入り、部屋の中から廊下に声が聞こえます。

「 おっ、朝食が並んでいるぞ!」

でも、最後に歩いていた私は部屋を通り過ぎ、廊下の突き当たりの角にある洗面所に真っ直ぐ行ってみました。
鏡に映っていた廊下の奥がどうなっているのか気になったからです。
 私はトイレの手前のΓ字型に右に曲がっている廊下を覗き込みました。

「 行き止まりか。」

10メートル程で廊下は終わっています。
廊下の突き当りは壁です。
廊下の左側も壁、壁の上の方には横に長い明かり取りのガラス窓が見えます。
右側は二部屋あるようで、部屋の入り口のドアが二つ並んでいました。
 私は、洗面所の鏡に向かって肩越しに廊下を見てみました。
廊下の突き当たりの壁が、割りと近くにあるように映っています。

“ もっと奥まであるように思ったんだけど・・。”

私が鏡を見ていると、Kさんがやって来ました。

「 朝ごはんですよ。」

私は、Kさんを見てから、振り返ってもう一度廊下の奥を見ました。
 Kさんが言いました。

「 この奥から来たんですか?」
「 と、思うのです。」
「 行き止まりですね。」

私は、廊下を進んで突き当たりの壁まで行って見ました。
Kさんもついて来ました。



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[ 2007/10/12 17:24 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳21 

Kさんが言いました。

「 この壁、横の壁より新しいように見えますが。」
「 そうですね、そんな感じですね。」

突き当たりの壁と横の壁の色が微妙に違っていました。

「 奥に何かあったのでしょうかね?」
「 ここからでは、見えないですね。」

部屋の方から声がします。

「 お〜い、朝飯、食べるぞぉ〜!」

Tさんの声です。

「 部屋に戻りましょう。」

 私は、突き当りの壁を触っているKさんに声を掛けて一緒に部屋に戻りました。
部屋には、朝食の干物が焼ける臭いがしていました。
既に座って、干物をひっくり返して焼いているYさんが言いました。

「 魚が焦げますよ、早く食べましょう。」
「 あ、遅くなりました。」

 私とKさんが席に着いて朝食が始まりました。
朝食の干物を突付きながら、Tさんが聞きました。

「 何をしていたんですか?
 なかなか、部屋に戻ってこないから。」



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[ 2007/10/11 17:35 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳22 

 私は、昨日の夜の話を軽めに話しました。
Tさんが言いました。

「 起こしてくれればよかったのに。
 僕は、そんなの見たこと無いんですよ。
 せっかくの機会なのに残念。
 女ですか。
 美人でしょうね・・・・・。
 何だか嬉しいですね。
 う〜ん、残念。」
「 そんなことがあったんですか。
 私も、見てみたかったです。」

 TさんもYさんも、残念を連発していました。
Tさんは冗談で私に言いました。

「 せっかくですから、もう一泊しましょうか?」
「 いや、私は怖いから止めておきます。」
「 残念ですね、また、メモしておくんですか。」
「 ええ、一応。」

 朝食が終わって、後片付けをしてフロントで宿泊費の清算をしました。
タクシーが来るまで、時間があったので、フロントの人に気になることを聞いてみました。

「 私たちの部屋の前の廊下の奥を、右に曲がった先は突き当たりだっ
 たんですけど、あの先には何か施設があったような気がするのですが?」
「 あ、以前に当旅館に泊まって頂いたことのあるお客様でしたか。
 何回も泊まっていただいて有難うございます。
 そうです、あそこは旧館に続く長い廊下があったんです。
 昔は、この新館と旧館の両方使っていたのですが、旧館が老朽化して
 使えなくなったので解体しました。
 四年ほど前に解体して、廊下は行き止まりになりました。」
「 ああ、そうだったのですか。」
「 どうかされましたか?」
「 いえ、分かりました。」

フロントの人は、私たちを再度の宿泊と勘違いして答えてくれました。



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[ 2007/10/10 17:49 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳23 

 Kさんは、このやり取りを横で聞いていました。
そして、フロントを離れ、玄関脇の椅子に座ってタクシー待ちのとき、私に言いました。

「 やっぱり、奥がありましたね。」
「 ええ、再宿泊の客と勘違いして答えてくれましたね。
 旧館があった頃に、泊まったことがある客だと思ったのでしょう。」
「 お札は、聞かないんですか?」
「 ええ、“どうかされましたか”で充分です。
 あのフロントの人、気にしていたと思いますよ。
 私の表情を窺っていましたよ。」
「 そうですか、窺っていましたか・・・・・。」
「 もう時間も無いですし、それに、聞いても、なかなか普通には話し
 てくれないでしょうね。」
「 それにしても、お誘いしてすみませんでしたね。」
「 あ、ここの宿泊のことですか。」
「 ええ。」
「 気にしないで下さい。
 良かったですよ、あの出来事のメモもできますし。
 それに、温泉も広くって良かったですよ。
 混浴じゃなかったですが、はは。」
「 そうですか・・・・。」
「 あ、タクシー来ましたよ。」

 私たちは、タクシーに乗り込みました。
私は、タクシーが旅館を離れつつあったとき、体を捻って旅館の方を見ました。

「 あれっ?」

Kさんが私の方を向いて聞きました。

「 “あれっ?”って何ですか?
 忘れ物?」

“ おかしいなぁ。”



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[ 2007/10/09 19:51 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳24 

 私は来たときは、山と川に挟まれた旅館は確か三軒だったと思っていたのですが、今は二軒しか見えません。
私は座り直して前を向き、Kさんに言いました。

「 いえ、来たときは、旅館は三軒あったと思っていたのですが。」
「 二軒ですよ、暗くなり初めだったから見間違いじゃないですか。」

Tさんも私に言いました。

「 二軒だったと思います。」

私は、Kさんと感覚が違う所を発見しました。
私は答えました。

「 そうですか・・・、着いた時、暗かったですよね。
 見間違いですかね・・・。」

私は、答えたのですが、見えている二つの旅館の間隔が少しあいていました。
そして、あの間には、旧館があったんじゃないかと思いました。
 私は、タクシーの窓を開けて、旅館の方をもう一度振り返りました。
晴れた空から夏の太陽の光が降り注いでいます。
セミの鳴き声が聞こえる中、旅館はもう見えませんでした。
窓からは、夏草のムッとする臭いが入って来ます。
私は窓を閉め、無言で二人の顔を見ました。
そして、タクシーは私の疑問を残したまま温泉を離れて行きました。



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[ 2007/10/08 17:22 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳25 

 その後、Kさんとは年賀状のやり取り等はありましたが、私の家からKさんの家まで距離も遠いこともあって、Kさんの話を聞きに行くと言う計画は凍結状態でした。
それが、温泉に泊まってから、ちょうど一年後の7月の終わりに、仕事でKさんの隣の県に一泊で行く予定が出来ました。
 これは、いい機会だと思えたので、Kさんに連絡をとったところ、KさんからOKが出て、仕事が終わった後、Kさんの所に話を聞きに行くことが決まったのです。
交通手段は、自動車にしました。
仕事先とKさんの家の両方を廻るには、電車では不便だと思えたからです。
それに、都合が良いことに、その頃には、ちょうど高速道路も開通し、比較的自動車で行き易くなっていました。
 Kさんに連絡をとった時、歓迎しますと言ってくれました。
私は、仕事よりKさんの話の方に興味を引かれていました。

 そして、7月の終わりになりました。
予定通り私は当日の仕事を昼頃終え、隣の県の待ち合わせのJRの駅に移動しました。
着いたのは午後5時過ぎです。
私は、自動車をJRの駅前に止めてKさんが来るのを待ちました。
 Kさんは、県庁所在地に勤めています。
Kさんの今の自宅は、県庁所在地からJRで二駅離れたベッドタウンにあります。
これから行こうとしているKさんの旧家は、Kさんの自宅と県庁所在地を挟んで反対側で、JRで二駅離れた所です。
 Kさんは、バスとJRを乗り継いで仕事に通っています。
今日は、Kさんが仕事を終わった後、午後5時半に旧家のある駅で待ち合わせです。
KさんがJRを降りてきた所を私がひろって、二人で旧家を見てから、Kさんの自宅に行く予定です。
一泊させていただけると言うことなので、ゆっくり話が聞けると楽しみにしていました。



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[ 2007/10/07 17:53 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳26 

 午後5時半少し前に、電車が駅に着くのが見えました。
電車を降りた人がゾロゾロと駅から出てきます。
その中に混じって、Kさんは駅から出てきました。
 私は、自動車から降りて右手を挙げました。
Kさんは私を見つけてニコニコしました。
私は近付いて来たKさんに言いました。

「 久し振りです、今日は、お世話になります。」
「 こちらこそ、無理にお誘いしたみたいで・・。」
「 いえ、距離が遠くてなかなか機会が無くて・・。
 あれから、ちょうど、一年ですね。」
「 そうですね、一年ですね。
 それじゃ、急がせるようですが、行きましょうか。
 ゆっくりしていると、日が暮れますので。」
「 じゃ、乗ってください。」

 Kさんは、日が暮れる前に旧家に行こうと思っているようです。
私は、Kさんの言い方から、日が暮れると暗くて家が見えないだけでなく、何か支障が出ると考えての発言と思いました。
 私は、助手席のドアを開けKさんが乗り込み二人で出発です。
Kさんの旧宅に寄って、県庁所在地を抜けて、Kさんの自宅の順です。
この駅前は、商店街が少々あるぐらいで、直ぐに畑が広がっています。
民家がパラパラある程度の道をしばらく行くと国道に出ました。
国道は、そこそこ交通量があります。
 Kさんが言いました。

「 あまり家がないでしょう。
 去年も言いましたが、田舎ですよ。」




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[ 2007/10/06 19:12 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳27 

 国道を走って、山間の小さな集落を二つ程通過して山を抜け、少し大きな町に出ました。
国道から細い町道に入り、古い町並みを外れ、町から少し離れた山裾に大きな家が見えてきました。
Kさんが言いました。

「 あれが、旧家です。」

 町道の路側帯に車を止めて、道から旧家を眺めました。
薄暗くなり始めた空の下に、塀に囲まれた大きくて立派な二階建ての瓦屋根の日本家屋が見えます。
 家は町道と平行に建っていて、家と町道の間には畑があり、畑の作物の背が低いので、家の全景が見渡せます。
冠門を真ん中に長い塀が左右に伸び、右手の端には蔵が二つ見えています。
大きな木も数本植えられ、その内の一番大きな木が蔵に影を落としています。
 家に入るには、町道から垂直に畑と畑の間にある道を塀の左端まで行き、塀に沿って正面の冠門へと私道を進みことになるようです。
Kさんは、家への道を眼でたどっている私を見て言いました。

「 家には近付きませんので・・・。」
「 はい、分かりました。」

 私は、家を見ながら“これは、怖いな”と思いました。
家は夕日に赤く照らされているのですが、明るさが感じられず黒く沈んで見えるのです。
それに、真剣な眼をしたKさんの表情には、長年住んでいた色々な思い出がこもった家を捨てなければいけなかった無念が感じられました。
Kさんは私に言いました。

「 行きましょうか、もう、日も暮れますし。」
「 ええ、そうしましょう。」

私たちは、再び自動車に乗り込みました。



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[ 2007/10/05 18:54 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳28 

 町道から、国道に出て山間の道を県庁所在地のある市へ走ります。
私は自動車を走らせながら、Kさんに聞きました。

「 今は、誰も住んでいないんですか?」
「 そうです。
 もう、10年になります。」
「 綺麗な状態ですね。」
「 ええ、毎年、秋に業者に掃除して貰ってます。」
「 その業者は、大丈夫なのですか?
 何か、危険なことは無いのですか?」
「 ええ、大丈夫なようです。」
「 特別な何かをしているとか・・。」
「 いえ、普通に掃除をして貰ってます。
 私も、それは不安があったのです。
 それで、家に神棚がありまして、ちょっとしたお伺いをたてたので
 す。」
「 どんな、お伺いですか?」
「 ええ、電話帳を持って来て、業者のページの端と端をクリップで留
 めておくんです。
 それで、神棚に向かって良い業者を、お教え下さいって言って、パラ
 パラっとページをめくって、ページを指で止めて、指先の当たった業
 者に頼んだんです。
 打ち合わせもうまく進んだし、修理や掃除の後も支障は無かったよう
 です。
  修理や掃除が終わって、業者が挨拶に来たとき、“何か異常はあり
 ましたか”って聞いたんですよ。
 返事は、“特に何も異常はありません、基礎のしっかりした家です
 ね”でした。
 それに、“また、修理や掃除を自分の会社でやらせてください”だっ
 たので、毎年、その業者に頼んでいます。
 理由は分かりませんが、大丈夫なようです。」
「 家を修理や掃除に来るから、危害を加えないと言うことですか?」
「 どうなんでしょうかね、私には分かりません。
 とにかく、業者に任せて、私は屋敷に入らないようにしています。」



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[ 2007/10/04 19:01 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳29 

「 何代も前から、あの家に住んでいたのですか?」
「 そうです。
 大昔は、農業をしていたようです。
 もともと、大きな農家だったんですが、祖父が終戦後、食料品で大儲
 けをして、家を建て増ししたようです。
 その時、職業も農家を辞めて、食料品卸の会社を作りました。
  会社は、県庁所在地にあるのですが、輸入の窓口で港にも営業所が
 あります。
 ここからは、自動車で行っても営業所まで、かなり時間がかかります。」
「 それじゃ、お父さんは社長ですか。
 すごいですね。
 Kさんも、将来は社長ですね。」
「 あはは、違いますよ。
 私の父は、普通の会社員です。
 祖父の子供は、男、二人です。
 私の父は、次男です。
  会社は、長男が継いでいます。
 長男は、祖父が死んでから、直ぐにあの家を出ました。
 理由は、あの家からは、会社と営業所に遠いからです。
 会社寄りですが、営業所と会社の間に、家を建てて住んでいます。
 そして、私の父である次男が、あの家に残ったのです。」
「 先祖代々の家を離れるのは、長男さん、残念だったのではないですか。」
「 そうですねぇ。
 どうでしょうねぇ。
 伯父は、代々住める所を新しく求めていたのかも知れません。
 伯父は新しい家を建てた時、仏壇を持って行ったんですよ。
 長男が先祖の面倒を見るのは当然だと言っていました。」
「 そうなんですか。」

私は、長男さんが引越ししたのは、それだけでは無かったのかも知れないと思いました。



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[ 2007/10/03 18:38 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳30 

 日が落ちて暗くなりました。
国道は、郊外を走っています。
道沿いに飲食店などの店が多く並び始めました。
国道が混み始め、県庁所在地の市街に近いことが分かります。
でも、自動車は市街に入る事無く、再び、道の周りは暗くなりました。
Kさんが言いました。

「 もうしばらくです。
 国道から、曲がるところになったら言います。
 新しく出来た住宅地ですから、国道からいい道がついているんですよ。
 曲がって、しばらく行った山手です。」
「 ご両親とご一緒ですか。」
「 ええ、そうです。
 二世帯住宅で、一階が両親、二階が私の家族です。
 私の家族は、嫁さんと四歳になる男の子が一人です。
 姉が一人いるんですが、結婚して別の所に住んでいます。
 姉は、今日は欠席です。
 あ、それから、猫のメケがいます。」
「 猫を飼ってるんですか。」
「 ええ、名前を正確に言うと、メケ二世です。」
「 ルパン三世みたいですね。」
「 ええ、前の猫がメケなんです。
 メケは、もう、死んでしまいましたが、メケ二世はメケの子供だと思
 います。」
「 オスですか?」
「 そうです、両方ともオスです。
 メケは、一時、行方不明になったのですが、メケ二世を連れて帰って
 きました。
 何処か他の家で飼われていたのだと思います。
 メケ二世は、メケにそっくりでした。
 一匹だけ連れて帰ってきたのです。
 メケは、旧家からの家族でした。
 新しい家に引っ越しして、一年たった頃に家出をしたのです。」



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[ 2007/10/02 17:32 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳31 

 国道から大きな通りが右の折れていました。
Kさんの指示で右に曲がり、山手に向かって走りました。
しばらく走ると、区画の整った大きな分譲地が見えてきました。
家々の明かりが灯り、明かりは小高くなった高台の上の方まで続いています。
道は分譲地の中央を上って行きます。
 私は、Kさんに言いました。

「 大きくて綺麗な分譲地ですね。」
「 大手の住宅会社が開発したのです。
 今でも、まだまだ広がっています。
 文化施設やスーパーも幾つかあって、一つの町を作っています。
 町の外れにJRの駅があります。
 県庁所在地までは、便利なんですよ。」

高台の中腹を右に折れて、洒落た洋風の家が見えました。

「 あれです。」
「 旧家と違って洋風ですね。」
「 ええ、思い切って洋風にしてみました。
 気分を変えたかったと言うことです。」

 自動車を家の前に着けて、Kさんが自動車から降りると、ガレージのシャッターがガラガラ開きました。
Kさんが言いました。

「 自動車の音で着いたのが分かったな。
 中に入れてください。」

車庫には一台自動車が止まっていて、隣に一台分のスペースが空いていました。
私は、自動車を入れ、Kさんに案内されて家に入りました。



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[ 2007/10/01 17:15 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)
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