深泥沼1 

  深泥沼


 青白い人影が電柱の横に立っていた。

「 またか・・・。」

俺は、気が付いていない振りをして人影の横を通り過ぎた。
暗い夜道を真っ直ぐ前を見て歩いている俺には、人影の視線が俺を追っているのが感じられた。


 きっかけは、大学一年の夏休みの時だった。
他県の大学に行っていた俺は、故郷であるK市に帰って来ていた。
高校を卒業して四ヶ月しか経っていないのに、地元に帰って久しぶりに会う高校の友人達の顔は妙に大人びて見えた。
帰って来て始めの頃こそ、大学での生活の話も楽しく出来たが、友人達に一通り話をすると、内容も徐々にマンネリ化し、同じ相手とそうそう毎日会ってもいられない。
そして、夏休みも進み、八月の暑い毎日が何となく無気力に過ぎつつあった頃、退屈していた俺は、友人の法螺吹きMに電話を掛けた。

「 もしもし、法螺、何してる?」
「 何だ、お前か。」
「 あ〜、なんかヒマでなあ〜、何か、おもろい事無いか?」
「 う〜、まあなぁ〜、そうだなあ〜。」

電話から、法螺吹きMの暑苦しそうな声が聞こえて来る。



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[ 2007/05/31 18:53 ] 深泥沼 | TB(0) | CM(0)

蔵の箱29 

   蔵の箱(後編)


 おばばの家が空き家になって1年余り経った今年、俺は、ようやく京都の大学の工学部1回生になった。
Tと最後に電話で話してから、8年が経っていた。
Tは、今、俺と同じ大学の医学部2回生で京都に下宿している。
つまり、俺は、一年浪人して何とかTと同じ大学に滑り込んだ。
 去年、名古屋の伯母からの連絡でTの入った大学が分かった時、俺は動揺した。
俺が行こうと思っていた大学にTが先に入ってしまって、俺は落ちたからだ。
父親は、大学に落ちたとき俺に言った。

「 Tは、医学部やで。
 お前、なにやっとんねん。
 まあ、俺の子やからなぁ〜、しゃ〜ないかなぁ〜。」

関西弁の風土にすっかり馴染んだ母親は、俺に言った。

「 遊んでばっかりおるからやっ!!
 馬鹿たれえ、このお〜っ!」

 母親にしばかれそうになって、俺は避けた。
まだまだ、甘いな。
でも、俺は、母親がだんだんおばばに似てきたと思った。
おばばだったら、確実にヒットしていただろう。
それにしても、ぼろくそに言いやがって、今に見ていろ。
俺の地獄の底力を見せてやると思った。





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[ 2007/05/30 18:23 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱30 

 このとき、俺は、Tの勝ち誇ったような笑顔が見えたような気がした。
でも、その顔は小学校のままのTだった。
Tとはあの電話以来、溝を感じて何となく話し辛く、連絡もせずに時が経っていた。
また、差ができて溝が深くなったと思ったが、それでも、来年、大学に入ったらTの下宿に行って見ようと思った。
 そして、俺は必死になって勉強した。
偏差値は低かったが、山が当たって、俺はTと同じ大学の合格が決まった。
ザマーミロ、俺の実力はこんなもんだ。
でも、両親は、そろって俺に言った。

「 医学部だったら良かったのに。」

とんでもない親だ、合格を素直に喜べ、馬鹿野郎。
それでも、両親は中古のパソコンを買ってくれた。
 合格に、喜んでいる場合ではない。
俺は、名古屋の伯母からTの携帯の番号を教えてもらい、直ぐにTに連絡を取った。
思っていた以上に、Tは大学合格を喜んでくれて、俺は春休みにTの下宿に一泊で行く事が決まった。
もっと以前に連絡を取っていれば良かったかなとも思ったが、年月が経ったからこうして話が出来るようになったんだろうという気もした。




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[ 2007/05/29 19:03 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱31 

 春休み、俺は、大阪U駅から私鉄電車の特急に乗って京都K駅に行った。
夕方の人込みの中、階段を上がって改札を見るとTが待っていてくれた。
驚いたことに、横にかわいい女の子がいた。
俺は動揺した。
 くそーっ、見せ付けやがってこの野郎。
俺が、浪人している間に、こいつはこんないいめをしていたのか。
くそ〜くそ〜と思ったが、動揺したことを悟られないようにしなければならない。
俺は、Tに向かってつとめて冷静に手を上げた。

「 おう、久しぶりやなあ。」
「 やあ、久しぶり。」

 Tは、先に大学生になっていた分だけ、大人びて見えた。
でも、俺は、背の高さだけは勝ったと思った。
Tに話そうとは思うのだが、隣の女の子が気になって仕方が無い。
横目でチラチラ見ていると、隣の女の子は笑った。
少し小柄で、髪は長く、眼のぱっちりしたかわいい子だった。
Tがニヤニヤして、俺に言った。

「 僕の彼女だ!」

俺の、くそ〜、くそ〜、という顔が、表に出てしまった。
Tは、俺に言った。

「 嘘だ、ぴょーん!」

隣の女の子が、ケラケラ笑い出した。





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[ 2007/05/28 17:02 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱32 

 Tが女の子に言った。

「 ほら、動揺している。
 昔から、単純でわかりやすい奴だったからな。」
「 そうね、ぜんぜん変わらないわ。」

Tは、俺に言った。

「 Sちゃんを忘れるなんて、最低だ。」
「 そうよ、最低よ。」

嘘だろ、嘘だろ、何でSちゃんがここにいるんだ。
俺は、しばらく声が出なかった。
Tは、Sちゃんに言った。

「 とにかく、何か食べよう。」
「 そうね、お腹減った。」

ああ、もう二人のペースだ。
俺は、すごすごと二人について行った。
 駅近くのビルの7階のレストランで夕食を取った。
三人がそれぞれ、今までの人生をかいつまんで話した。
外の夜景を背景に、店のライトに照らされて話すSちゃんはキラキラ輝いていた。
 Sちゃんは、京都の女子大で生物学をやっていることが分かった。
Tと同じ2回生だ。
父親の実家が京都にあり、そこに下宿して大学に通っている。
今時、門限があって、午後10時には帰らなければいけないと言った。
まさか、またこの三人で話しが出来るとは思っていなかった俺は素直にうれしかった。
駅の近くでの夕食を終えて、俺たち三人はTの下宿に移動した。





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[ 2007/05/27 19:11 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱33 

 繁華街を通過して、橋を渡り、途中のコンビニで缶ビールとおつまみを袋いっぱい買って、Tの下宿に着いた。
下宿とは言っていたが、実際は小奇麗なワンルームマンションの3階だった。
整理された部屋に入って、Tは昔と同じで几帳面な奴だと改めて思った。
俺も、もうちょっと家が大学から遠いと、こんな所に住めたんだと少しTを羨ましく思った。
 Tが小さな座卓を出してきて、引っ繰り返して足をパタパタと立て、缶ビールとおつまみの台が完成した。
俺たちは、座卓を囲んで座り、おつまみの袋をとりあえず3袋程破って、缶ビールの栓を抜いて乾杯した。

「 合格を祝って、乾杯!」
「 三人の再会を祝って、乾杯!」
「 未成年の我々に、乾杯!」

しばらく話をしていて、自然と昔話になった。
俺は、Tに聞いた。

「 おばばが死んだ年、お前に電話をかけたやろ。
 あの時、ろくに話しもせず、突然電話を切ったやろ。
 あれは、なんやねん?」

Sちゃんは、興味深そうな眼をして、Tの顔を見た。





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[ 2007/05/26 16:52 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱34 

 少し間をおいて、Tは話し出した。

「 僕は、お前との約束を破ったんだよ。
 秘密の部屋のことを、おばばに喋ったんだ。
 お前と一緒に入った蔵の秘密の部屋のことを、おばばに問い詰めら
 れて言ってしまったんだよ。
 二人の約束を破ってバツが悪くって、お前に知られたくなくって、
 話が出て来る前に電話を切ったんだ。
 言おうかどうか迷ったんだけど、言えなかった。
  お前は、僕より一日早く帰っただろ。
 僕は、最後の日、蔵に入ろうとした。」
「 おばばに見つかったのか。」
「 そうだ、見つかった。」
「 でも、何をしようとして蔵に入ったんや?」
「 お前が剥がした紙を、糊で貼ろうと思ったんだ。」

俺は、黒い箱から紙を剥がしたことを思い出した。
 Sちゃんを見ると、何か言いたそうにうずうずしていることが見て取れた。
言いたいことをストレートに言うSちゃんが、我慢しているのを見て、俺はTと二人でした蔵の探検の内容をかいつまんでSちゃんに話した。
Sちゃんは言った。

「 そう、あなたたち二人の秘密だった訳ね。
 私も、入りたかった。」

俺は、入りたかったの一言は、蔵に入ってみたかった以上に、共有する秘密を持って当時の俺とTの持っていた友情の輪の中に入りたかったんだと思った。




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[ 2007/05/25 19:38 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱35 

 Tは、話を続けた。

「 僕は、お前が帰った日の夜、不思議な体験をした。
 最後の日の夜、夜中に目が覚めたんだ。
 一度寝ると朝まで眼を覚まさないのだが、珍しく夜中に眼が開いて
 しまった。
 明日帰ることが、気になっていたのかもしれない。
  外はまだ暗く、静かな中、コオロギが鳴いていた。
 僕は、遠くにある玄関灯が今日は点いていないことに気がついた。
 月明かりでは、部屋の中もよく見えない。
 僕は、眼をつぶって寝ようとした。
  その時、カタッと玄関が開く音がした。
 僕は、泥棒かと思ってビクッとした。
 おばばや伯父夫婦に知らせようかどうしようかと迷っているうち、
 トントントンと小さい子供が歩いているような足音が聞こえて来た。
 足音は、部屋の前を通り越し奥に行った。
 特におばばや伯父夫婦の叫び声も無く静かだった。
  何かなとは思ったけれど、そのうち、また眠ってしまった。
 僕は、何か夢を見ていたと思う。
 どんな夢かは思い出せない。
 しばらくして、夢の中で、小さな女の子の声が聞こえた。
 そして、その声に答えた。

 『 おにいちゃん、遊ぼう。』
 『 後で。』
 『 じゃ、約束だよ。』
 『 うん。』

  僕は、返事をして眼が開いた。
 部屋には、明け方の薄明かりが射し込んでいた。
 周りを見ても誰もいなかった。
 でも、確かに声が聞こえたんだ。
 僕は、しばらく天井を見ながら考えた。」





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[ 2007/05/24 18:21 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱36 

 俺は、ハッとしてTに聞いた。

「 その子、赤い靴下を履いてなかったか。」
「 いや、靴下は分からない。
 でも、秘密の部屋にあった写真の子のような気がした。
 双子だよ。
 顔を見た訳じゃないんだ。
 何となくだよ。
  足音を聞いたのは、確かだった。
 確かに、小さな子供の足音だった。
 何年も、この家に来ているけれど、こんなのは初めてだ。
 今までと、何か違っていることはなんだろう。
  僕は、昨日のことを考えた。
 そして、お前が黒い箱の封印を解いたと思った。
 あの紙だよ。
 お前が剥がして、クルクル丸めて捨てたあの紙だよ。
 僕は、蔵に行ってお前が捨てたあの紙を見つけて、元の位置に糊で
 貼ろうと思ったんだ。」
「 それで、貼れたんか?」
「 いや、貼れなかった。
 最後の日、僕は朝食を取って直ぐに蔵に行った。
 鍵は、開いたままだった。
 中に入って、床の板を持ち上げた時に、おばばが蔵の戸を開けて僕
 は見つかった。
 僕は、しばかれた。
 おばばは、僕の様子を朝から見ていたらしい。
 鋭いおばばだ。
 僕が、いつもと違うことに、おばばは感付いていたんだ。
  僕は母屋に連れて行かれて、板の間に正座して、おばばに質問攻
 めにあった。
 僕は、昨日お前と秘密の部屋に入ったことを言った。
 ただ、部屋に入ろうとしたとき、おばばの叫び声が聞こえて、見つ
 かったと思って蔵を飛び出したと言った。
 だから、アルバムも黒い箱も知らなかったことになっている。
 言うべきだったかも知れない。
 でも、言い出せる雰囲気ではなかった。
 部屋の中を調べていないことを知ったおばばは、安心したのか、僕
 にスイカを切ってくれた。
  そして、蔵の鍵は掛けられた。
 それも、南京錠のついたチェーンが付け加えられて二重になった。
 鍵を掛け忘れた伯父は、おばばにぼろくそに怒られた。
 だから、お前が剥がした紙は、黒い箱に貼ることは出来なかった。」





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[ 2007/05/23 20:02 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱37 

 Sちゃんが言った。

「 おばあさんは、夜中にその子に会ったんじゃない。
 小さい子は、あなたの寝ている部屋を、一旦、通り過ぎたんでしょう。
 おばあさんは、その子が現れたことから、あなた達の仕業と思って
 様子を見ていたと思うわ。
 だから、蔵で見つかったのよ。
 面白そうな話だけれど、私、帰る。
 あと30分で10時だから。
 10時に帰らないと、じじばばがうるさいの。」

TがSちゃんに言った。

「 それじゃ、車で送っていくよ。」
「 ありがとう、夜は物騒だから。」

Tが俺に言った。

「 Sちゃんを送って行くから、部屋で適当にやっててくれ。
 Sちゃん、行こうか。」
「 うん。」

Sちゃんは、俺にニコッと笑って、手の先だけでバイバイをした。
俺は、Sちゃんの後ろ姿を座ったまま無言で見送った。
俺は中古のパソコンで、Tは車か。
この差は、一体何なんだ。





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[ 2007/05/22 18:25 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱38 

 二人が出て行ってから、俺はビールを飲みながら考えた。
俺は、Tと話した最後の電話の違和感を思い出していた。
Tは、Tなりに思うことがあったのだと今の話から分かった。
Tは、俺の知らないことをまだまだ知っているだろう。
俺は、何から聞けばいいのか考えていた。
 しばらくして、Tが帰って来た。
Tは俺に言った。

「 Sちゃん、お前に会えて喜んでたぞ。」
「 当然やろ、あまりに格好良くなってびっくりしとったやろ。」

俺は、強気に出た。
Tは、俺に言い返した。

「 びっくりしていたのは、お前だろ。
 駅でのお前の顔、一生忘れられんな。」
「 そうか、そんなに変やったか。」
「 その通り。」

俺は、また弱気になった。
Tは、座卓を挟んで俺の向かい側にドカッと座り、話を始めた。

「 僕は、怖かったんだよ。
 さっきは、Sちゃんがいたから言って無かったけどね。
 僕は、夢で小さな女の子と遊ぶと約束をした。
 でも、小さい子の足音を聞いたのは現実だ。
 夢と言ったけれど、僕はその子と実際に約束したんだ。
 僕は、怖かった。
 だから、僕は蔵に行ってお前の剥がした紙を貼り付けようと思った。
 紙を貼れば、その子は僕の所に来ないと思った。
 失敗したけどな。」





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[ 2007/05/21 18:10 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱39 

 俺は、Tにおばばの葬式の時に会った赤い靴下の女の子の話をした。
Tは、俺に言った。

「 おそらく、同じ女の子だと思う。
 お前も、約束したのか。
 仲間だな。」

俺は、Sちゃんを考えながらTに言った。

「 もう、何年も経っているから、その女の子、物凄い美人になって
 るかも知れへんで。」
「 お前、女の子やったら何でもいいのか。
 おばばも伯父も死んでるんだよ。
 僕は、蔵に行って捕まった最後の日の夜、本能的におばばの家に近
 寄らない方がいいと思った。
 だから、おばばや伯父の葬式にも行かなかった。
 お前から、電話があった時、行かない方がいいと忠告してやっただ
 ろ。」
「 おばばや伯父の死にも、その女の子は関連してんのか?」
「 僕の父は、実家の伯父とよく電話で連絡をとっていた。」
「 俺の所には、連絡なんてなかったわ。」
「 男同士で、色々相談してたんじゃないかな。
 おばばは、夏の終わり頃から、物忘れが始まった。
 そのうち、独り言を言うようになった。
 それも、小さい子とお話をしているような言い方でね。
 そして、ままごとを始めた。
  僕は、この話を聞いて、おばばは、あの女の子と生活しているのだ
 と思った。
 おばばが死んで、次に伯父が何かを感付いたんだと思う。
 伯父夫婦は、それでも、あの家で何年も暮らしていた。
 伯父は、何か対策を立てたんだと思う。
 蔵中に御札を貼るとかして、応急処置的なことをやったんだろう。」
「 でも、伯父は心不全で急死したで。」
「 そうだよ、蔵の中のあの部屋でだよ。」
「 そうやったんか。
 それは、俺は知らんかったわ。」
「 僕の父は、蔵の整理をすると伯父が言って来た直後に、伯父が急
 死して驚いていた。
 僕は、死んだ場所を知って、あの箱を処分しようとしたんだと思った。
 最後にひとり残った伯母は、あの家を去った。
 伯母も、何か感付いていたんだろう。
  あの女の子は、今、どうしてるんだろう。
 俺たちは、あの女の子と遊ぶ約束をした。
 お前の所には現れたか?」
「 いや、来てへん。」
「 僕の所にも来ていない。
 僕は、あの女の子は蔵にいるんだと思う。
 僕やお前が、家に帰るようにあの女の子も蔵に住んでるんだと思う。
 蔵がある限り、蔵から離れない。」




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[ 2007/05/20 19:27 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱40 

「 おばばは、双子だったのか?」
「 そう、おそらくね。
 写真が証拠だよ。
 でも、おばばが小学校に入る前に亡くなっている。
 おそらく、病気かな。
 蔵の中の隠し部屋からして、世間の眼に触れないようにしたんだと
 思う。
  曾祖父の時代は、世間から忌み嫌われた病気も存在していた。
 病気に罹った本人ばかりか、病気でない家族まで村八分にする、も
 しくは、隔離する事もあったようだしな。
 おばばも小さかったから、薄っすらとしかその頃の事情は知らない
 んじゃないかな。
 でも、曾祖父に秘密にしろと、きつく言われていたんじゃないかな。
 僕たちに、蔵に近付くなと厳しく言っていたからな。」
「 女の子は、あの黒い箱に住んでいるのか?」
「 そうかもしれないし、そうでないかもしれない。」
「 黒い箱には何が入っているんや?
 死体じゃないやろな。」
「 箱が小さすぎるよ。
 開けてみなければ分からないが、遺品かな。
 髪の毛とか爪とか大事にしていた人形とか。
 へその緒も入っているかも知れない。
 お前も、へその緒とか母親に聞いたらどこかに残してあるんじゃな
 いか。」
「 へその緒は、わからんわ。
 とにかく、二人とも惚けてないから大丈夫や。」
「 お前が惚けたら、僕が首を絞めて安楽死させてやるよ。」
「 あほか、お前は。
 お前は、医者になるんやろ。
 人、殺してどないすんねん。
 首絞めたら、苦しいやんけ。
 ええ加減にせえよ。」
「 ま、お互い無事で良かったな。」

俺は、今までのモヤモヤしたものが解けていくように思った。
Tも俺に言いたかったことを吐き出してすっきりしたようだ。
俺は、Tとの溝が埋まっていくのをTの顔を見ながら感じていた。





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[ 2007/05/19 17:49 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱41 

 大学生活は、快適だった。
クラブは、テニスサークルに入った。
テニスクラブではない。
サークルの方が、楽しいからだ。
 大学に入って三ヶ月間、サークルとバイトとコンパと夜になると酒を飲みに繁華街をウロウロした。
もちろん、TやSちゃんとも飲みに行った。
Sちゃんがいるときは、ちょっとお洒落な所で飲んだ。
そして、Sちゃんは、相変わらず午後10時になったら帰って行った。
その後、俺とTは、安い所で昔のような下ネタでバカバカしい酒を飲んだ。
 遅くなると大阪まで帰れない。
Tの下宿をねぐらにして毎日が過ぎて行く。
俺は、一年間の浪人生活を回復させるべく遊んでいた。
勉強は、ちょっとだけした。
いや、してないかな。
 7月に入って、名古屋の伯父からの電話が入った。
とうとう、母の実家が、文化財指定を受けて市で保存保管する事になったというものだ。
敷地を整理して、他の豪農の家と同じように、文化財として観光客に開放すると言う計画らしい。
母の実家は、実家の伯父が亡くなってから空き家になっていた。
母に、この事について名古屋の伯父から電話連絡があったと聞いた時、俺は、蔵はどうなったかと即座に聞き返した。
蔵は、母屋の管理棟をたてる為の用地として、先週、取り壊したと言うことだった。
蔵が、無くなった。
俺は、突然の出来事に呆然とした。





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[ 2007/05/18 19:00 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱42 

俺は、早速Tに携帯を入れた。

「 おう、Tか。」
「 蔵の事だろ。」
「 そうや、蔵や。」
「 昨日、夜に親父から電話があって、先週、蔵は解体されたらしい
 な。
 あの女の子の家は、無くなったぞ。
 僕の所は、異変は無かったけれど、お前は、どうだ?」
「 ああ、毎日、メッチャ可愛い女の子と遊んでいる。
 夜になったら、やって来るで。
 ままごとと、お医者さんごっこや、おもろいで。
 明日、お前の所に行けと言うといたるわ。」
「 そうか、良かったな。」

 おいおい、いつもの調子はどうなってるんだ。
もっと、突っ込めよ。
Tの奴、気にしているなと思った。
まあいい。

「 お前、もうちょっと話に乗れよなあ。
 まあええわ。
 俺の所は、特に何も無い。
 例の黒い箱は、どうなったのか知ってるか?」
「 分からん、実家の伯母が、何とかしているだろ。
 僕もお前も、何も起こっていないんだ。
 もう、蔵が解体されて、一週間ほど経っているから、起こるんだっ
 たら、もう、起こっているよ。」
「 そうやな、大丈夫やな。」
「 蔵の中の物については学芸員が、展示出来る物かどうかは、分類
 しているだろう。
 もっとも、黒い箱は伯母がその前に処分しているだろうと思うけ
 ど。」
「 そうやな、秘密やからな。
 ひょっとしたら、死んだ伯父が、勝負をかけて処分したかも知れへん
 で。
 死んでしもたけどな。」
「 伯父が死んだとき、詳しいことは聞かなかったから、分からない
 が、そうだったらいいんだが。」
「 まあ、何も起こってないから、ええやん。」
「 そうだな、また、飲みに行こうか。」
「 そやな、先週から、顔をあわせてないからな。」
「 Sちゃんの都合を聞いておくよ。」
「 ああ、そんならな。」

俺は、電話を切った。
俺は、まだ、Sちゃんの電話番号を知らない。
これは、黒い箱より大きな問題だ。




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[ 2007/05/17 19:47 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱43 

 3日後、三人で飲みに行った。
その日は、珍しく終電に間に合ったので、大阪の自宅に帰った。
親はもう寝ていたので、そっと二階に上がって俺の部屋に入った。
部屋の電気を点けると、机の上に、大きなダンボール箱が置いてあるのが目に入った。
送り主を見ると、母の実家のある市の環境文化課からだった。
 俺は、ダンボール箱を開けてみた。
プチプチを通して白い紙に包まれた箱のような物が入っているのが分かった。
手紙が、上に乗っている。
封を切って読むと蔵を解体したとき多くの箱は開ける許可を伯母から取ったのだが、一つだけ取っていないものがあって、伯母に問い合わせるとあなたの所に送れと言われたので送ると書いてあった。
読んでいる途中から俺は悪い予感がした。

“ まさか・・・・・・・。”

 プチプチをとって、白い紙を角から引っ張った。
白い紙は細長く破れて箱が見えた。
破れた隙間から、古くて染みのついた木箱が見える。
俺は残った白い紙を剥がした。
木箱には、何故だか、俺の名前を書いた紙が貼ってあった。
でも、この木箱は、何処かで見たような・・・・・・・・・。
 木箱の蓋を開けると、中は黒い箱だった。

「 キターーーーーッ!!!」

俺は、仰け反った。
こんな夜中に伯母に問い合わせの電話など出来ない。
俺は、Tの所に電話を掛けた。
繋がらなかった。





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[ 2007/05/16 18:19 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱44 

 俺は、木箱の蓋を閉めて考えた。

「 そうだ、お札だ。」

俺は、もう一度、木箱の蓋を開けた。
黒い箱の上を斜めに見ると、黒く塗られた四角い紙が山ほど貼ってあるのが見えた。
伯父の仕業だ。
伯父は、あちこちからお札を取り寄せ黒く塗って貼ったんだ。
気の弱い伯父よ、良くやった。
えらい、えらい。
俺は、伯父の偉業を称えた。
 これさえ貼ってあれば大丈夫だ。
ここで、再び考えた。
でも、伯父は死んでいる。
安心できない。
 伯父は何をしようとしたのかは分からない。
黒い箱の扱いには注意しなければならない。
用心したほうがいい。
俺には、薔薇色の未来が広がっているのだ。
Sちゃんの笑顔が、俺の頭に浮かんだ。
 取り敢えず寝よう。
夜も遅い。
また、明日考えよう。
俺は、布団に入って電気を消した。
箱の方を何回も見た。
びっくり箱みたいに、ボヨヨヨーンと小さい女の子が出て来そうでちょっと恐かっ
た。
 箱が気になったので、また、電気を点けた。
もう、点けたままで寝ることにした。
どうしたものかと考えて、なかなか寝られなかった。





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[ 2007/05/15 18:06 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱45 

 俺は、考えた。

「 一人で考えていても、いい案は浮かばない。
 とりあえず、この箱をTに見せようかな。
 この前の様子では、Tの奴、結構怖がっていたからな。
 突然、眼の前に箱が現れたら、びびりよるな。
 よし、どうもいままで、Tに押されてばかりで面白くない。

  T2回生、俺1回生。
  T自動車、俺自転車。
  T医学部、俺工学部。
  Tお金持ち、俺貧乏。

 くそっ!
 TもSちゃんも、どうも俺が学年が一年下と言う意識があるに違いな
 い。」

俺は、コンプレックスの鬼と化した。
そして、明日、俺はTのワンルームマンションに、この箱を突然持って行って驚かせてやろうと考えた。

「 びっくりさせたるからな。
 むふふふふ。」

方針が決まったので、さあ寝るぞと思ったとたんに寝た。





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[ 2007/05/14 17:29 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱46 

 次の日、午前10時頃、目が覚めても箱はあった。
夢なら良かったと思っても、あるからには仕方が無い。
今日は、授業はサボリだ。
母親に俺は言った。

「 風呂敷き、出してんか。」
「 家出か?」
「 そうや。」
「 二、三日で帰っといで。」
「 ああ、分かった。」

 俺は、箱を風呂敷きに包んだ。
両手で持ち上げると結構重い。
自転車の荷台にゴムで括り付けた。
 豆腐屋の角を曲がり、大阪の町の裏通りを疾走した。
自転車で走っている保健のおばちゃんやOLを追い抜いた。
よし、よし、今日も絶好調だ。
Tの驚く顔が、何回も脳裏を通り過ぎた。
 さすが大阪、この程度の荷物で不審に思う奴なんて一人もいない。
昔のアイスクリーム屋って、こんな自転車やったかなと一瞬思った。
公園まで行って、荷台の箱を背中に背負った。
ウエストポーチの鞄を腹に、風呂敷包みを背中にすると、まるで、薬の行商人だ。
自転車を公園に放置して、次は電車だ。





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[ 2007/05/13 17:55 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱47 

 俺は、駅へ歩きながら考えた。
ここからが問題だ。
電車で不信人物と見なされないように注意しなければならない。
この箱は何ですか、開けてくださいなんて、駅員に言われたらえらいことだ。
 駅に着いた。
俺は、箱を背中から降ろし、手にぶら下げて駅員があっちをむいている時、ゴキブリのように自動改札を通過した。
駅のホームでは、階段の影に隠れた。
電車の中では、足元に置いたが、おねーちゃんに邪魔だ光線を浴びせられた。
 京都の改札も無事通過して、俺は、K町通りを箱を背負って北上した。
よしよし、楽勝だ、Tよ、待ってろよ、今に、びっくりさせてやるからな。
しばらく歩いていると、道筋に広報の掲示板があった。
特別警戒実施、と赤文字が見えた。
迎賓館に外国の要人が来るらしい。
これは、まずい。
こういう時は、警官が山ほど巡回している。
俺は、後ろを振り向いた。
警官が2人並んで、30メートルほど後ろをこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
 俺は、歩く速度を上げた。
ちらちらと後ろを見ると、心持ち警官も歩く速度を上げたように見えた。
俺は、K町通りを直角に曲がって、右手にあった駐輪場を通り抜け、K町通りと平行して走っているP通りを北上することにした。
 公園からP通りに直角に曲がった時、ちらっと警官二人がこちらに走り出したのが後ろに見えた。
まずい、追われている。
俺は、曲がると同時に走った。
背中の箱が上下に激しく揺れる。
スピードが上がらない。
 俺は、もう一度K町通りに戻って警官をまこうとして細い路地を曲がった。
京都の町は、路地が多く、通り抜けできる路地と通り抜け出来ない路地がある。
この路地は、通り抜け出来る筈だと踏んで入った。




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[ 2007/05/12 17:26 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱48 

 俺は、必死の形相で路地の奥に走った。

“ うわっ、袋小路だ!”

後ろからは、警官が迫って来ていた。
逃げ道の無い俺は焦った。

“ 捕まる、捕まる、捕まる、捕まる・・・・・・。”

 俺は、せっぱ詰まって辺りを見回し、突き当たりの会員制クラブの扉に飛び込んだ。
酒ビンの並んだ棚を背景に坊主頭に口髭を生やしたおじさんと、今時流行らないパンチパーマにサングラスをかけたおじさんがカウンター椅子に座ってタバコを吸っていた。
薄暗い店の中で、カウンター椅子の二人のおじさんがこちらを見た。
二人の顔を見て、俺は思った。

“ わっ、これはまずい!!”

俺は、二人に言った。

「 あっ、間違えました。」

扉のノブに手を掛けた時、パンチおじさんが俺に言った。

「 ちょっと、待ちいな、にいちゃん。」

俺は、扉に手を掛けたまま、顔だけ振り返った。
パンチおじさんが近付いて来た。
パンチおじさんは、左手の人差し指と中指でタバコを持ち、右手で俺の服を掴んで、俺にタバコの煙を吹きかけながら言った。

「 なあ、にいちゃん。
 それは、ないやろ。
 人の店に入っておいて、間違えましたで済ましたら、あかんでぇ。」

俺は、構わず扉を開けた。
扉の外には警官が2人立っていた。
パンチおじさんは、タバコをポロリと落とした。

「 あちーっ、ちっ、ちっ、ち!!」

素足に雪駄のパンチおじさんは、タバコの火が足に当たってぴょんぴょん跳んでいた。





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[ 2007/05/11 19:37 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱49 

 俺は、二人のおじさんからは解放されたが、二人の警官に拉致された。
そして、橋の袂にある交番に連行された。
手錠は掛けられなかったが、どう見ても犯罪人だ。
途中ですれ違う若いおね〜ちゃんのグループが、歩きながら俺を見てヒソヒソ話をしている。
俺がチラッと見ると、眼を逸らした。

“ 俺は何も悪いことはしていない!”

俺より、さっきの二人のおじさんを連行しろと思った。
 交番に着いて、若い方の警官は奥の部屋に消え、年配の警官が俺を椅子に座るように促した。
俺は、箱をテーブルの上に置き椅子に座った。
警官は記録の綴りを棚から出し、ボールペンを持って机の向かい側に座った。
そして、箱を挟んで、警官の尋問が始まった。
 警官は、カブトムシのような眼をして俺に聞いた。

「 この箱は、あなたのものですか?」
「 俺のものであるような、無いような。
 よく分かりません。」
「 この箱に貼ってある紙の名前は、あなたですか?」
「 そうです。」
「 あなたの名前が書いてあるのに、どうして自分のものと言わないのですか?」
「 まだ、事情が分からないからです。」
「 事情が分からないのはこちらです。
 箱の中身は、何ですか。
 開けて見てください。」
「 それ、ちょっと困るのですが。」
「 どうして困るのですか。
 開けてください。」

俺は、しぶしぶ木箱の蓋を開けた。

「 この中の黒い箱は、何ですか。」
「 分かりません。」
「 あなたの箱だったら、分かるでしょう。
 何ですか。」
「 分かりません。」
「 開けて見てください。」
「 開けてはいけないのです。」
「 どうして開けてはいけないのですか?」
「 開けてはいけないと言う祖母の遺言です。」
「 何が入っているのですか?」
「 それは、言えません。」
「 どうして、言えないのですか。」
「 祖父の遺言です。」
「 この箱は何なんですか?」
「 分かりません。」

そして、俺は黙った。
俺と警官のにらみ合いは続いた。
 警官は、言った。

「 あなたの家に電話を掛けていいですか。」

俺は、仕方が無いので自宅の電話番号を教えた。





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[ 2007/05/10 18:31 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱50 

 年配の警官が、俺の家に電話を掛けた。
母が電話口に出たようだ。
警察署の名前を言って、俺が息子である確認を取っているようだ。
警官の母への電話の話し声が聞こえる。
話し声から会話の内容が分かる。
俺は、注意しながら会話を聞いていた。

「 あの、もしもし、今、息子さんに来てもらってるんですが。」
“ 来てもらってるじゃなくて、連行されたんだよ。”

「 えっ、息子さん、家出した。
 二、三日、帰ってこない。」
“ こらこら、何を言い出すんだ。”

「 連日、家に帰ってこない。」
“ 余計なお世話だ。”

「 何をやっているのか分からない。」
“ 何か、弁護しろよ、かーちゃん。”

「 刑務所にでも入れて反省させて欲しいと言うことですか。」
“ こらあ、いらんことを言うな!”

「 えっ、違いますよ。」
“ ?”

「 本当に、警察ですってば。」
“ ?”

「 お金、振り込めなんて言いませんよ。」
“ あはは、振り込め詐欺と間違えられてる、ひっ、ひっ、ひっ!”

「 だから、違いますって言ってるでしょう。
 警察でも何所でも通報してください、それじゃ。」
“ あははははは!”

「 何というおばちゃんだ、私の手に負えん。
 とにかく、母親らしいことは分かった・・・・・。」

警官は、振り返って、殿様バッタの眼で俺に言った。

「 だから、この箱は、何だって言ってるんだよ!」
「 分からない!」

押し問答は、果てしなく続いた。




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[ 2007/05/09 19:05 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱51 

 一時間半ほど、攻防は続いた。
警官は疲れて来ているぞ、もう少し粘ったら解放かなと思った。
そこに、見回りから警官が二人帰って来た。

「 交代です。」
「 それじゃ、後を頼む。」

新しい二人の警官は、俺に聞いた。

「 この箱は何ですか?」

くそーっ、交代するとは思わなかった。
また、振り出しに戻ってしまった。
 押し問答が再び続いた。
このアルゴリズムは何時まで続くんだろう。
ここから、脱出する方法は何か無いかと必死に考えた。
俺は、ハッと気がついた。
箱を送ってきた環境文化課の学芸員の手紙がある。
ウエストポーチを探すと、しわくちゃの手紙が出て来た。
 俺は、勝ち誇ったように手紙を警官に見せた。

「 これを、見ろ!!」
「 お前の家は貧乏なのか?」

授業料の督促状だった。
そう言えば、酒代に使ってしまった。
払い込みの猶予期間は過ぎている。
授業料を払わねば。
 いやいや、慌ててしまった。
もう一度、ウエストポーチを調べて、今度はちゃんと学芸員の手紙を見せた。
警官は、学芸員に電話を掛け、箱の中は危ない物では無いことが分かったようだ。
ようやく、俺は釈放された。




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[ 2007/05/08 18:26 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱52 

 もうすぐ、夕方だ。
いらんところで手間を取った。
でも、昼飯にあんパンを貰った。
刑事ドラマでは、カツ丼と相場は決まっているだろ。
この落差は何だ。
俺は、世の無常を感じた。

「 くそっ、時間を食った。」

 そうだ、Tに携帯で電話してSちゃんを呼んでもらおう。
Tの驚く顔をSちゃんと一緒に笑う、グッドアイデアだ。
Tは、携帯に直ぐに出て、マンションにいることも分かった。
俺は、箱の事は言わずに、そちらに向かっているから、Sちゃんを呼んでおいてくれと言っておいた。
よーし、もう少しだ、ふっ、ふっ、ふっ。
俺の苦難の旅は終わろうとしていた。
 俺は、Tのマンションの階段の下に座ってSちゃんを待った。
Sちゃんに電話が通じたかどうか、ちょっと心配だった。
20分ほどしたらSちゃんが、自転車で現れた。
よかった。
自転車置き場に自転車を置いて、Sちゃんは俺を見て言った。

「 何よ、直ぐに来いって。
 今日は、たまたま家にいたからいいけど。
 緊急事態って、何?」
「 ほら、これ、これ。」
「 何、この箱?」
「 例の黒い箱だよ。」
「 えっ、この前言っていた黒い箱?」
「 そうだよ。」
「 開けて見たい!」
「 だめ。」

Sちゃんは、不服そうな顔をした。





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[ 2007/05/07 17:08 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱53 

 俺は、Sちゃんに部分的に事情を話して、Tを一緒に脅かそうと誘った。
Sちゃんは、嬉しそうな顔をした。
よし、決行だ。
段取りを決めた。
Sちゃんが準備をして、その後に俺が箱を持って部屋に入る。
準備には、5分もあれば充分だろう。
俺は、準備が整うまで階段で待った。
 Sちゃんが、Tの部屋のチャイムを鳴らした。

「 こんにちは。」
「 やあ、来たか、あいつ、まだ来てないよ。
 大急ぎで、ここに集合と言っていたからな。」
「 もう来てるわよ。
 はい、座卓を出して座って、座って。」

Tは、座卓を出して座った。

「 はい、目隠ししてね。
 タオル、タオル。」
「 何が始まるのかな?」
「 あなたの大好きなもののプレゼントよ。」
「 楽しみだなあ、うふふ。」

Tは、にやけて笑った。
もう、そろそろ、良いだろうということで、俺は階段を上がり、箱を持って部屋に入った。

「 よぉ〜、T、凄い物、持って来てやったぞ。」
「 わくわくするな。」

俺は、箱を座卓において、座卓の前に目隠しをして座っているTに言った。

「 目隠し、とっていいで。」

俺とSちゃんは、Tの様子を見ていた。




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[ 2007/05/06 18:19 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱54 

Tは、目隠しをとった。

「 えっ、何、これ・・・・?、でも、これ・・・。」

Tは、木箱の蓋をとった。
黒い箱がちらっと見えた。

「 うわ〜っ!!!」

Tは、立ち上がって、後ずさりして、後ろにあるベッドに足をひっかけ仰向けにひっくり返った。
俺とSちゃんは、げらげら笑った。
常に冷静で理知的なTが狼狽していた。
Sちゃんが、Tに言った。

「 いつも冷静なのに、おかしいわ。」

Tは、俺に言った。

「 なんだ、こんなもの持ってきて。
 僕は、言っただろ。
 実家に行かなかった理由を。」

俺は、箱を持ち上げてベッドにいるTの所に近づけた。

「 ほら、ほら、来たよ、おにぃ〜ちゃん!」
「 うわっ、やめろ、やめろ!」

Tは、泣きそうな声で言った。





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[ 2007/05/05 19:16 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱55 

 俺の目的は達成された。
冷静で理知的なTの顔がぐちゃぐちゃだった。
俺は、ニヤニヤしながら思った。

“ 勝った!”

むふふふふ!
無理も無い。
今まで、ひたすら逃げ回っていた物が、突然目の前に現れたのだ。
Tの最大の弱点はこれだったのだ。
俺の苦難の旅は報われたのだ。
 俺は、箱を座卓に置いて座った。
Sちゃんも座った。
Tは、まだ、ベッドの上だった。
少し、落ち着いてきたのか、Tは俺に言った。

「 お前、悪魔みたいな奴だなあ。」
「 どうじゃ、まいったか!」

 Tの不満そうな顔に俺は満足した。
Sちゃんは、俺とTを見て笑っていた。
冷静さを取り戻しながら、Tは俺に言った。

「 どうして、これが、ここにあるんだ?」

俺は、郵送されてきたことを話した。

「 ここまで、持って来なくてもいいだろ。
 何故、持って来るんだ。」
「 いや、ちょっとびっくりさせたろと思てな。」
「 こんな大きな物を持って、よく電車で来られたなぁ。」
「 ちょっと、トラブルは、あったけどな。」




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[ 2007/05/04 18:34 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱56 

 俺は、箱をここまで持ってきた苦難の経緯を話した。
それは、箱を担いで、ゴキブリのように逃げ回る悲惨な旅の話だった。
TとSちゃんは、げらげら笑った。
今度は、俺が笑われた。
笑われながら、自分でも妙におかしかった。
そのうち、話に笑っているTに、いつもの表情が戻ってきた。
Tが、俺に言った。

「 お前、よ〜やるなあ。」

 Sちゃんは、おれの顔を見てくすっと笑った。
俺は心の中で思った。
箱の中の女の子も笑ってくれたかな。
俺は、箱に眼を遣った。
箱は、静かにそこにあった。
Tが木箱の上に貼ってある紙を見て言った。

「 お前の名前が貼ってある。
 前には、無かったな。
 これ、おばばの字じゃないかな。
 おばばの字は、クセがあるから分かるよ。
 何故、お前の名前が貼ってあるのだろう?」

俺もTも分からなかった。





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[ 2007/05/03 19:17 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)
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