蔵の箱80 

 土曜のこの時間は、カップルの二人連れが多い。
俺は、Sちゃんに言った。

「 二人連れが、多いな。」
「 人のこと言ってないで、私たちだってそうじゃない。」
「 そうだ、そうだな。」

俺は、Sちゃんと二人で話したことが無かったことに気付いた。
会う時は、いつも三人だった。
俺とTが、しょ〜も無いことを言い合い、Sちゃんが話に入ってくる。
それが、俺たち三人のパターンだった。
 俺たちは、訳も無く黙って、植物園の中を歩き回った。
どうも、調子が出ない。
俺は、何を話せばいいのか分からず、あせり始めていた。
水車小屋を右に曲がった時、Sちゃんが急に立ち止まって言った。

「 綺麗・・・・。」
「 えっ?」

見上げると、楓や錦木が色鮮やかに紅葉していた。
 俺は、はっと気が付いた。
俺は、今まで何を見て歩いていたんだろう。
周りの風景もSちゃんも何も見ていなかった。
道沿いの花壇に植えてあったコスモスやポインセチアは、眼には見えていたが、見ようとはしていなかった。
俺は、始めて真っ直ぐにSちゃんを見た。
Sちゃんは、少し首を傾げて俺に向かってニコッと笑った。



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[ 2007/03/31 18:26 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱81 

 俺は、木陰にベンチがあるのを見て、Sちゃんに言った。

「 あのベンチに座ろ。」
「 うん。」

俺たちは、ベンチに二人並んで座った。
 木陰のベンチからは広場が見えて、子供が三人、ボールを蹴って走り回っていた。
男の子二人と女の子一人だ。
Sちゃんは、三人を見ながら言った。

「 仲がいいわね。
 三人だね。」
「 そう、三人だ。
 昔の三人だ。」
「 今日は、三人で来る筈だったわ。」
「 ああ、Tは、都合が悪くなったんだろう。
 また、改めて来ればいい。」
「 ううん、この次もT君は、来ないわ。」
「 どうして?」
「 三人でお寺に行った二日後、T君から電話があったの。」
「 なんの?」
「 付き合ってみないかって。」
「 俺は、聞いてないで。」
「 あはは、関西弁に戻ってる。」
「 それで。」
「 気になる?」



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[ 2007/03/30 20:56 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱82 

俺は、Sちゃんの横顔を見て言った。

「 Tは、いい奴だからな。」

Sちゃんは前を向いたまま、遠い所を見ながら言った。

「 断っちゃった。」
「 えっ、断ったのか。」
「 そう。」

 Sちゃんは、足元に眼を落として、土に靴の先でバツ印とマル印をつけた。
Tは、俺にはそんな事を一言も言わなかった。
いや、言わない方が普通かな。
Sちゃんは言った。

「 私たちは、いつも三人だった。
 あなたと再会した時もそう。
 あなたが大学に合格して、T君に会いに来る前の日、突然T君から電
 話があったの。
 北陸の私の実家に電話を掛けて、電話番号を聞いて、私の所に連絡し
 てきたのよ。」
「 それじゃ、あの日が始めての再会か。」
「 そうよ。」
「 言ってくれよ。」
「 聞かなかったでしょ。」
「 俺は、二人が親しそうに喋っているから、繋がりは前からあったと
 思ってた。」
「 あなたが現れる20分前にT君に会って話をしたのよ。
 何年ものブランクなんて、20分あれば埋められるわ。」
「 分からなかった。」
「 それに、あなた、まだ、私の電話番号知らないでしょ。」
「 まあ、Tから直ぐに繋がるから。」
「 後で教えてあげる。
 もう、手間が掛かるんだから。
 私の実家の祖母が言っていたわ。
 あなたは、分かりやすい人だってね。」
「 ?」
「 考えていることが、直ぐに顔に出るからよ。」

この時、俺は、間抜けな顔をしてSちゃんを見ていたと思う。



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[ 2007/03/29 18:00 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱83 

 俺は、Sちゃんに言った。

「 Tは、わざと来なかったのか。」
「 そうよ。」
「 そうか。」
「 ほら、でれ〜っとした顔をしてる。」

俺は、顔を引き締めた。
Sちゃんは、あははと笑った。

「 そうだ、俺は、昨日、遺書を書いたんだ。」
「 何の遺書よ?」

Sちゃんは、怪訝な顔をして俺を見た。
 俺は、昨日考えたことをSちゃんに洗いざらい全部話した。
夢で見たおばばのことや俺が鼻水を垂らしたことまで全てだ。
Sちゃんは、俺に言った。

「 私は、あなたのおばあさんが思っていたことは分かる気がするわ。」

さらに、Sちゃんが、俺に言った。

「 私が、看取ってあげようか。」

俺は、えっと言う顔をして、Sちゃんを見た。

「 嘘だ、ぴょ〜ん!」

俺は、渋い顔をした。
Sちゃんは、いたずらっぽく、ケラケラ笑った。





蔵の箱、完了しました。

長い間、読んで頂き有難うございました。



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[ 2007/03/28 18:04 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱1 

  蔵の箱(前編)

 とうとう、母の実家が、文化財指定を受けて市で保存保管する事になった。
俺は、まずいなあと思った。
敷地を整理して、他の豪農の家と同じように、文化財として観光客に開放すると言う計画らしい。
 俺は、ますます、まずいなあと思った。
母の実家は、実家の伯父が亡くなってから空き家になっていた。
母に、この事について名古屋の伯父から電話連絡があったと聞いた時、俺は、蔵はどうなったかと即座に聞き返した。
蔵は、母屋の管理棟をたてる為の用地として、先週、取り壊したと言うことだった。
これは、えらいこっちゃ、とんでもなくまずいと思った。



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[ 2007/03/03 18:28 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱2 

 俺は、小学校の頃、広い母の実家でよく遊んだ事を思い出していた。
母の実家は、北陸地方の豪農である。
敷地は、桁外れに広く、大昔から建っている母屋は、部屋が幾つもある。
何度か改修したとは思えるが、基本的には江戸時代の作りだ。
内部は、天井への吹き抜けが高く、薄暗く、夏ひんやりとしている。
使ってはいないが竈があり、時代を感じさせる掛け軸や骨董品も珍しかった。
蔵も三つあり、大きい蔵が一つと小さい蔵が二つあった。
小さいと言っても、他の地方では、とてもそう言う言葉では表せない規模だった。
 当時、母の実家には、強烈な根性おばばの祖母と気の弱い長男夫婦の三人が住んでいた。
祖父は、若くで亡くなっており、根性おばばの祖母が、家を守っていた。
このおばばに、俺とおばばの次男の息子であるTは、何回も、悪いことをする度にしばかれた。
俺たちが逃げようとすると風のように追って来る。
まるで、忍者のようだ。
逃げ切れないことも多かった。
俺たちが捕まって、おばばが頭をしばくと、パコーンと言ういい音がした。
あんないい音が出せるのは、おばばだけだ。
痛みはあまりない。
学校の先生に、しばき方を教えて欲しかったくらいだ。
俺たちは、この祖母をおばばと呼んで恐れていた。
 俺の母は、二人の兄と長い間、このおばばの家で暮らしていた。
そして、結婚して母は大阪へ、次男は名古屋に移って行った。
残った長男も結婚し、根性おばばの手先になっていた。
歴史のある家なので、跡継ぎは必要だった。
でも、気の弱い長男夫婦には子供が無く、養子を迎える話も何回か出ていたようだが、家が家だけに実現はしていなかった。



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[ 2007/03/03 18:27 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱3 

 俺とTは同い年で、どちらも男の一人っ子だ。
二人そろって、幼稚園の頃から、夏休みには親から離れて、この実家に10日程遊びに行くのが年中行事となっていた。
俺とTは、日程を調整して、毎年、おばばの家に遊びに行った。

 俺が、おばばの家の玄関に旅行鞄をぶら下げて入って行って、おばばを呼ぶ。

「 来ましたー。」

すると、おばばは水戸黄門のように伯父夫婦の助さん格さんを従えて現れ、日焼けした梅干しのような顔をして必ず言った。

「 ふお、ふお、ふお、よー来たの。
 まあー、ゆっくり遊んでけ。
 おい、スイカ切っちゃれ。」

おばばの手先は、そそくさとスイカを切りに台所に消え去った。
おばばは、俺の頭を両手でぐるぐるかき回すように撫でニタッと笑った。
俺は、髪の毛を元に戻しながら、一礼をして台所にスイカを食べに行った。

 俺とTは、毎年、このおばばの家で問題を起こしていた。
一番ひどかったのは、小学校4年の時の水事件だ。
おばばの家から、しばらく行くと農業用のため池がある。
俺とTは、ため池で魚釣りをしていた。
いつもだったら釣れるのに、この日は、ぜんぜん釣れなかった。
魚釣りの浮きが、一向に引かないのに腹が立って、俺とTは二人でため池に石を投げ込んだ。



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[ 2007/03/03 18:26 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱4 

 石を投げ込むことに飽き始めた頃、Tは俺に言った。

「 僕の家の近くの川で、魚のつかみ取りをやったことがあるよ。
 上流から、金魚とか流して、みんなでつかみ取りするんだ。
 つかんだものは、持って帰るんだよ。
 いっぱい獲れて面白かった。」
「 泳いで、獲ろか。」
「 この池、底無し池だろう。
 おばばが言っていたよ。
 泳いで獲るのは、危ないよ。」

 俺は、ひらめいた。
水抜き用の水門がある。
水を抜いちゃえば、手で魚が拾える。
おー、グッドアイデア、なんて俺は賢いんだ。
 俺たちは、水門に移動した。
コンクリートに螺旋のネジが刻まれた錆の浮いた鉄の棒が突き出していて、その先に自動車のハンドルのような輪がついていた。

「 こいつや。
 廻すぞ。」
「 廻そう。」

俺たち二人はグルグルハンドルを廻した。
コンクリートの下の方から水飛沫が見えた。

「 やったー、お魚いっぱい獲れるで。」
「 うなぎがいたらいいな。
 蒲焼き、美味しいよ。」

俺たちは、コンクリートに座って足をぶらぶらさせて、水飛沫を後ろに、ため池の水を眺めていた。



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[ 2007/03/03 18:25 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱5 

 水は、なかなか減らなかった。
そのうち、村の人たちのザワザワした話し声と足音が急速に近付いて来て、何か不穏な空気を感じた。
そして、男の怒鳴り声が聞こえた。

「 こらーっ、どこのどいつじゃ!!
 田に水が溢れとるんじゃ、水じゃ、水!!」

“ ヤバイ・・・。”

俺たちは、直ぐに立ち上がって走り出した。

「 こらーっ、そこのクソガキ、待たんかあー。」

後ろを、チラッと見ると、鎌を振り上げたおっさんが追いかけて来た。

「 うわあー!!」

俺たちは、山に逃げ込んだ。
そして、茂みに隠れて様子をうかがった。

「 殺されるかと思った。」
「 びびったなあ。」

 遠くの方で、おっさんが数人、何か言い合っているのが聞こえた。
俺たちは、日が暮れるまで山の中で隠れた。
あたりが暗くなって、特に人声も聞こえないので山を下りて、御地蔵さんの祠の前を通過した時、二人とも後ろから、服をグッと掴まれた。
振り替えると、おばばだった。
俺たちは、観念した。

「 馬鹿たれえ、このおーっ。」

パコーン、パコーンと言う音が山にこだました。
 おばばの家に帰って、板の間に一時間、正座させられ、さんざん説教された。
足は痛かったけれど、特に村の人達からは何も言われなかった。
俺たちは、おばばが手をまわしてくれたんだと感謝していた。
でも、おばばには何も言わなかった。
 根性おばばと長男夫婦は、跡継ぎとして、この悪ガキ二人を考えていたのだろうか。
毎年、懲りもせず二人に遊びに来るように、双方の親に連絡を入れていたようだ。



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[ 2007/03/03 18:24 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱6 

 あれは、小学校の5年生の時だった。
その年はエルニーニョ現象とかで、例年よりあほみたいに暑い夏が続いていた。
何時ものように、夏休みに俺とTは、根性おばばの家に遊びに来ていた。
この年は、Tは10日間、俺は、親の都合で9日間泊まる事になっていた。
つまり、俺はTより一日早く帰る事になっていた。
 毎年、俺とTは、この家に行く事を楽しみにしていた。
両親に言っていた表向きの理由は、山に虫がいたからだ。
俺もTも、親子三人で街の中のマンションに住んでいる。
近くに虫を取りに行ける所なんて何処にも無かった。
カブトムシやクワガタムシが好きだった俺は、おばばの家にいる間、よく山に入って虫取りに行った。
 山に行く時は、小学校2年までは、Tと二人で行った。
でも、小学校の3年からは、三人になった。
もう一人は、おばばの家の三軒隣りの家に来ていたSちゃんだ。
Sちゃんは年齢も同じで、岡山の小学校に行っている女の子だった。
この子も俺たちと同じように、毎年、夏休みに実家に遊びに来ていた。
三人共、地元から言えばお客さんだったので、地元の子供たちと話があわなかった。
 小学校3年のおばばの家に行った初日、俺とTが虫取り網と虫かごをぶら下げて山に行こうとした時、三軒隣りの家の縁側で、こちらを見ているSちゃんがいた。
俺が、虫取り網を三回振るとニコッと笑って俺たちに言った。

「 私も行く。」



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[ 2007/03/03 18:23 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱7 

 Sちゃんは、一旦家の中に入って、直ぐに虫取り網を持って走って来て、俺たちに言った。

「 よし、行くぞ!」

Sちゃんは、男物のよれよれの麦藁帽子を被っていた。
俺とTは、不思議な奴が現れたと思った。
女の子で虫取りに行く奴は、今まで見たことが無かったからだ。
 俺は、Sちゃんに言った。

「 お前、山に行って、付いて来れへんかったら、置いて行くで。」
「 やかましい!
 あんた等こそ、何所に虫がいるのか分かるの?」

俺とTは、呆気にとられた。
話を聞くと、どうやら岡山で、男の子と一緒に虫取りをよくやっていたらしい。
 実際、Sちゃんは、山に行くと、虫の集まる樹液の出る木を良く知っていたし、行動も素早かった。
俺たちは、Sちゃんを仲間と認めた。
それは、あっさりした性格で、目のパッチリしたかわいい子だった事も影響していたと思う。
 どういう訳か、Sちゃんがいる時は不思議とおばばに悪いことがばれなかった。
俺とTの二人の時は、直ぐに悪事がばれて、しばかれた。
水事件の時も、Sちゃんが岡山に帰ってから起きた事件だ。
母の実家に行く事を楽しみにしていた俺の最大の理由は、Tと遊べるのは当然だが、Sちゃんと遊べることがさらに大きかったように思う。



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[ 2007/03/03 18:22 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(1)

蔵の箱8 

 この小学校5年の年も、おばばの家に行った初日から、俺とTはSちゃんを誘って、一緒に山に虫を採りに行った。
晴れた日は、虫採りだ。
虫が少ない時は、川で魚を釣ったり、カエルやザリガニを捕まえてきたりもしていた。
俺たちと同じように、魚やカエルやザリガニを素手で掴むSちゃんは新鮮だった。
 山に入って、汗が出るのでいつも水筒を持っていた。
それでも、暑くてどんどん飲むと直ぐに空になる。
空になっても喉は渇く。
山のすそにスイカ畑があった。
俺たちは、スイカが大好きだ。
山すその茂みの中で、俺はTとSちゃんに言った。

「 スイカ、食おか。」
「 おっさんに見つからないかな。
 去年、危なかったから。」
「 スイカ食べたい!!」
「 よし。」

Tはいつも慎重だ。
Sちゃんは、思っていることは、ストレートに言う。
俺たち三人は、辺りをキョロキョロ見まわしてスイカ畑にはいる。
毎年、スイカを俺たちに盗られるこの畑の持ち主のおっさんは、俺たちが来る時はいつも警戒していた。
 去年は、スイカに手をかけた途端に、農機具が置いてある小屋の影から突然おっさんが飛び出して来て追いかけてきた。
俺は持っていたスイカを放り出して、必死に逃げた。
後ろから、TとSちゃんも追ってきた。
山すその人ひとり通れるような細い農道を駆け抜けて三人は逃走した。



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[ 2007/03/03 18:21 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱9 

 しばらく逃げて、後ろからおっさんの気配がなさそうなので立ち止まった。
俺は、後ろのTに言った。

「 お〜、危なかったやんけ。」
「 まだ、どきどきしている。」

その時、一番後ろを走っていたSちゃんを見て驚いた。
Sちゃんは、小振りのスイカを両手で抱えていた。
俺とTが、驚異の目でそれを見ていると、Sちゃんはにっこり笑ってから口を尖らせて言った。

「 だって、食べたかったんだもん。」
「 お前、ええ根性しとるなあ。」

去年は、Sちゃんのスイカを三人で分けて食べた。
俺は、Sちゃんをいい奴だと思った。
 おっさんは、スイカ畑なんて、毎日、一日中見張っていられる訳がない。
今年は、あっさりとスイカを三個キープした。
ラッキーだった。
 スイカを盗ったら泥が着いているので洗わなければならない。
俺たちは、近くの山から流れて来る小川で戦利品のスイカを洗った。
大きな木の影が、三人の上を覆って川の風が気持ち良くふいていた。
三人とも川べりの石の上に座って、川に漬けたスイカを棒で突付いていた。
もうちょっと、冷やしてからの方がうまいのだが、我慢できずに途中で食べた。
少し生ぬるかったけれど、舌に来る甘い感覚が気持ち良かった。
川の水も飲みたかったのだが、おばばに赤痢になると脅かされていたので我慢した。
 雨の日は、おばばの家やSちゃんの家でゲームをしたり漫画を読んだりして遊んだ。
三人で遊んで楽しかった日々は、俺の心の中に残っている。
この年は、6日間、三人で遊べた。
そして、Sちゃんは、7日目に岡山に帰って行った。



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[ 2007/03/03 18:20 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱10 

 俺が帰る前の日、つまり、母の実家に来て8日目、朝起きると雨が降っていた。
雨が降ると、山に虫取りに行けない。
Sちゃんも、岡山に帰ってしまっていない。
仕方が無いので、俺とTは母屋でテレビを見たり漫画を読んだりしていたが、時間が経つと段々飽きて来た。
 昼頃まで母屋で遊んでいたが、同じような部屋ばかりウロウロしていても面白くないので、蔵に行ってみる事にした。
三つの蔵は、今まで何度か入ろうとしたが、いつも鍵が掛かっていて入った事が無かった。
 一度、小さい方の蔵に実家の伯父が何かを取りに行こうとした時、付いて行ったら、来るなと言われて追い返された。
母屋の陰から、二人でそっと覗いたが、蔵までの距離はかなりあったし、伯父は中に入ると直ぐに戸を閉めてしまって近付いても蔵の中は見る事は出来なかった。
そっと、蔵の戸を開けてみようかと思ったが、開けた途端、伯父が目の前にいるようで、怒られるのも嫌だし思い止まった。
それに、おばばが何処かから見ているようで、不気味だった。
 鍵も何処にあるか知らなかったし、蔵には大事な物が入っているから、入ってはいけないと根性おばばと伯父夫婦に強く言われていた。
きっと凄い物があるんだろうと二人で話しをしていたし、入ってはいけないと言われるとかえって入りたくなる。
それとなく、おばばや伯父夫婦に鍵の在処を聞いてみても、言ってはくれなかった。
 以前に、俺とTは、おばばの部屋に忍び込んで、机の中にあった鍵をパクッて来て、蔵を開けようとしたことがあった。
蔵の鍵穴に鍵を差し込んでガチャガチャやったが開かなかった。

「 くそっ、くそっ!!」

俺たちは、蔵の扉を蹴っ飛ばした。
その時、いつの間にか、気配も無しに、おばばが俺たちの後ろに立っていた。

「 ふお、ふお、甘いのおー。
 入ったら駄目じゃ。」

パコーン、パコーンと二回音がした。
おばばは、俺たちが蔵に入りたがっていることを見抜いていた。



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[ 2007/03/03 18:19 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱11 

 どうせ、また、だめだろうなあ、と二人で言いながら、傘をさして雨の中を母屋の左手にある一番大きな蔵の前にやって来た。
蔵の戸の前にあるコンクリートの段に上がり、傘をさしたまま黒い戸を左へ動かした。
戸は、左へ少し動いて隙間が出来た。
 俺は興奮して、Tに言った。

「 おい、開いてるで。」
「 ほんとだ、開いてる。」

Tは、信じられないと言った顔をして、俺に言った。

「 中に、おばば、いないかな。」
「 もうちょっと開けて、見てみるわ。」

戸をそ〜っと左へ少し動かして、隙間から右目だけを使って覗いてみた。
蔵の中は、シーンと静かだった。

「 誰も、いないみたいや。
 入ってみよう。」
「 うん。」

 何か、凄い物が中にあるようでワクワクしていた。
俺は、戸を、人ひとり分だけ通れるくらい開けた。
傘を蔵の入り口に置いておくと、中に入っている事がおばばや伯父夫婦にバレるので、傘を持って入る事にした。
俺たち二人は戸の隙間から、ゴキブリのように滑り込んで戸を閉めた。
中に入った途端、湿ってひんやりとした空気と少しのかび臭さを感じた。
 傘を戸の横に立て掛けて、蔵の中を見回した。
蔵の中の一階は板張りだった。
床はワンフロアのペタンとした平面ではなく、入り口側の低い床と奥側の高い床があった。
奥の高い床は、体育館の舞台のように見える。
 入り口から真正面の真ん中に、低い床から奥の高い床に上がる五段の短い階段が付いている。
高い床には木で組んだ手摺が、正面に見えている階段の上の左右に付けられていた。
手摺の向こうには、手摺に沿って古ぼけた箱がずらっと並んでいる。
手摺は、高い床から物が落ちないように付けたんだろう。
 右側の壁際には、二階に上がる階段があり、左の壁には、鉄格子に金網をかけた明かり取りの小さな窓が付いていた。
始めは、少し暗いかなと思ったが、眼が慣れるとそれほどでもない事が分かった。
低い床にも高い床にも、木で出来た大きい箱や小さい箱が積み重ねられ、どの箱も時代が古いのか茶色く変色していた。
また、箱の手前には、分類のためか、毛筆のグニャグニャした読めない字も書いてあった。



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[ 2007/03/03 18:18 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱12 

 俺は、Tに言った。。

「 これ、開けてみよか。」
「 変なもの、出てこないかあ。」

俺は、右側の一番手前にある中ぐらいの箱を開けてみた。
中には、紙に包まれた茶碗や皿やスプーンやフォークがいっぱい入っていた。

「 何や、茶碗やん。」
「 もっと、凄い物が入ってると思った。」

俺は、皿の下にあったスプーンを二個取り出して、真横から眼に当ててTに言った。

「 ウルトラマン!」

Tは、俺のスプーンを一個取り上げて、鼻からぶら下げて俺に言った。

「 鼻水!」

負けてはいけないので、残ったスプーンを尻に当ててTに言った。

「 カンチョウ!!」

 Tは、プッと笑った。
俺の勝ちだ。
カンチョウで笑ったのではない。
俺が、屁をしたからだ。
空中を手で扇ぎながら俺はTに言った。

「 次ぎ、行こか。」
「 奥の一段高い床の方に行こうよ。
 入り口なんかより、奥の方が大事なものが置いてあるって。」
「 そら、そうや。」

 俺たちは、ワクワクしながら、一階の探検を続けた。
階段を五段上がり、奥の高い方の床に移動した。
段を上がった分だけ天井は低くなったが、振り返ると蔵の低い方の床はよく見渡せた。
丁度、蔵の真ん中、半分のところで、それぞれ二十畳ぐらいの高低の床が分かれている。
奥半分にある高い方の床には、人が一人通れる通路が積み上げられた箱で作られていた。



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[ 2007/03/03 18:17 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱13 

 口の字形の通路を進み、奥の方で少し大き目の箱を開けて見た。
箱の中には、大昔の着物が積み重ねられた上に、陣笠と房の着いた印籠のような物があった。
豪農の旧家だから、農家でも侍の様な着物も持っていたのかなと思った。
 俺たちは、それを引っ張り出した。
もうすることは、決まっている。
俺とTは、ダブダブの着物を羽織った。
Tが俺の着物の袖に手を突っ込んで、陣笠を被った俺に言った。

「 お代官様、これでなんとか、・・・。」
「 越後屋、お前も悪じゃのう。」
「 そう言うお代官様こそ、・・・・。」
「 はっ、はっ、はっ、はっ。」
「 ひっ、ひっ、ひっ、ひっ。」
「 こらっ、大きな声を出すんじゃない、越後屋。
 おばばが、聞いておる。」
「 おっと、お代官様。
 危ない、危ない、静かに、静かに。」

Tは、懐から印籠のような物を取り出した。

「 この印籠が目に入らないか。
 このお方を誰だと心得おる。」
「 水戸黄門様やんけ。」

俺は、尻を突き出してTから印籠のような物を取ると尻に挟んだ。
もちろん、肛門だ。
 その時、ビシッと言う音が聞こえた。
俺たちは、箱の陰に隠れた。
おばばかと思ったが、誰も来なかった。
雨の湿度で箱が鳴ったんだろうとTが言って納得した。
着物や小物をぐちゃぐちゃに箱に突っ込んで、時代劇は終了した。




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[ 2007/03/03 18:16 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱14 

 俺たちは、また、何か面白いものが無いか探し続けた。
しかし、他の箱は、古ぼけた掛け軸や茶碗や壺を見つけたりしただけだった。

「 何か、変わったものはないんか?」
「 二階に行ってみようよ。」

 階段を上がって、二階に上がった。
二階は二十畳程の平らな床があり、乱雑に箱の山が積み上げてあった。
床も箱も何年も人が触っていないようで、埃が白く一面に積もっていた。

「 足の裏が、真っ白になるで。
 降りよか。」
「 うん、どうせ、さっきの箱と同じだよ。」

 俺たちは、一階に降りた。
なんだか、とても拍子抜けしたみたいでガックリきた。
二人で、箱の上に腰掛けて大事な物なんて、何も無いじゃないかと言い合った。
箱から足をぶらぶらさせて、一階の低い方の床を見ていると、蔵の入り口から見て、左側の壁に沿って、壁際の床の板の色が、他の部分と違う事に気がついた。

「 おい、あそこ、床、四角く色が違うで。」
「 あそこだけ、新しいんじゃないかな。」

俺たちは、箱から降りて色の違う床の所に行ってみた。

「 ここだけ、板がはめてある。」
「 よし、上げてみよう。」




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[ 2007/03/03 18:15 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱15 

 床板を二人で、ヨイショと持ち上げると地下に続く、土を固めた階段が現れた。
俺たちは、顔を見合わせた。
俺とTは、ゾクゾクワクワクした。
はめてあった床板を横に置き、階段を降りて見る事にした。
 子供には、少し高い段を右手の手のひらを階段の壁にすらせながら8段降りると、平坦な通路が少し続き、暗い中に行き止まりの壁が見えた。

「 行き止まりやんけ。」
「 突き当たりの右に明かりが見えるよ。」
「 ほんとだ、行こう。」

 突き当たりの右の壁に大人だったら背を屈めなければ入れないような高さの戸があった。
その戸の隙間から明かりが漏れていたのだ。
俺たちは、戸を左に動かした。
周りが明るくなって、戸の奥には八畳程の畳が敷いてある部屋が一つあった。

「 うわーっ、こんな所に部屋がある。」
「 ほんまや、部屋がある。」
「 ここ、二人の秘密の部屋にしようよ。」
「 そうしよう、秘密の部屋や。」

 蔵の奥半分を地面を掘り下げて部屋が作ってあった。
一階の床が奥半分高かったのは、この部屋の高さを確保する為だったんだ。
天井は、若干低いが、壁の上の方に鉄格子に金網をかけた明かり取りの小さな窓が付いていた。
前に、蔵に入れなくて蔵の周りをグルッと一周した時、外壁の下辺りに鉄格子に金網をかけた小さな窓のようなものがあったが、床下の空気抜きの穴だと思っていた。
明かりは、この窓から入っていた。



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[ 2007/03/03 18:14 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱16 

 奥の方には、箪笥が置いてあって多くの木箱も積み上げられていた。
それでも、この部屋は比較的整理されていて、十分寝転べるスペースがあった。
壁際に、座布団が10枚ほど積み重ねられていたので、それを取り出し、畳の上に五枚ほど撒いて座った。
そして、小窓の下に座卓があり、その上に一辺が40センチ程の立方体の木箱がひとつ載っているのが目に付いた。

「 上の木の箱を動かして、机を真ん中に置こうよ。」
「 そうだな、お菓子とか漫画を持って来た時、置く机がいるしな。」

俺たち二人は、座卓の上に置いてあった木箱を横に置き、机を両側から持ち上げて部屋の真ん中に置いた。

「 あれっ、引き出しがあるで。」
「 中に、何かある?」

 机は引き出しを壁に向けて置いてあったので、動かすまでは引き出しがあることが分からなかった。
俺は、天板の下に二つ並んだ引き出しを開けた。
左の引き出しには、鉛筆などの文具類が入っていた。
右の引き出しを開けると、紐で綴じてある茶色に変色したアルバムを見つけた。

「 おい、アルバムあるで。」
「 見てみようよ。」



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[ 2007/03/03 18:13 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱17 

 アルバムを開くと、最初のページの真ん中に、記念写真が一枚貼ってあった。
大昔の写真の様で、着物を着た人や昔の兵隊の様な人も写っていた。
一番前列には、大人に挟まれて子供が数人並んでいた。
そして、一番前列の真ん中には、小学校に入る前ぐらいの年の双子の女の子が並んで写っていた。

「 誰の写真かな?」
「 めちゃめちゃ、古いで。
 わからんわ。」

 ページをめくると、小学校の入学式の写真があって、前のページに写っていた女の子が一人で写っていた。
どんどんページをめくると、この女の子が大きくなって行き、結婚式の写真や生まれた子供の写真が増えてきた。
ページが進んで、そのうち、二人の男の子は、実家の伯父と名古屋の伯父に似ていたし、後から生まれた女の子は、俺の母だと分かった。
俺は、言った。

「 おばばだ。」

俺は、あれっと思って、もう一度最初のページに戻った。

「 おい、T、おばば、双子やったか?」
「 知らん、そんなの聞いたことも無いよ。」

 俺は、最初のページを眼を近付けて見た。
よく似ているし、どう見ても双子に思えた。
俺は、今まで、おばばが双子であるという事は聞いたことが無かった。
疑問は残ったが、アルバムは飽きたので、引き出しに放り込んだ。



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[ 2007/03/03 18:12 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱18 

 ここなら、箱に宝物があるかもしれないと言う気がしてきて、周りを見て先ほど動かした座卓の上にあった木箱が眼についた。
木箱の蓋は、きっちりはまっていた。

「 これ、開けてみようか。」
「 そっちを持ってよ。
 両側から蓋を持ち上げれば、開くよ。」

俺とTは、床に置いてあった木箱の下の方を両足で挟み、二人同時に蓋を引っ張り上げた。
きっちりはまっていた蓋は、蓋と箱の隙間から空気を吸い込みながらようやく開いた。
中には黒い紙を一面に貼り付けた黒い箱が木箱いっぱいにひとつ入っていた。
何重にも黒い紙を糊で貼り重ねてあるようで、黒い箱の角は丸みを帯びていた。

「 何だ、これ?」
「 何か、凄い宝物が入っているんや。
 厳重に紙が貼ってあるもん。」

 中の黒い箱を木箱から二人がかりで取り出そうとしたが、木箱と中の黒い箱に隙間がほとんどあいていないので抜き出すことは出来なかった。
しかたがないので、見えている中の黒い箱の上面から、開かないか調べた。
しかし、黒い紙が幾重にも厚く貼り付けられているので、上から見ている限り、何処から紙を剥がせるのかも分からなかった。

「 これ、カッターで切らないと開かないよ。」
「 何とか、開けられんかな。」

 俺は、爪で黒い箱の上面をがりがり擦った。
すると、真ん中辺りに少し黒い紙の剥がれが浮いた。
俺は、人差し指と親指の爪で剥がれの端を摘んで引っ張った。
黒くて四角い紙が、角っこを少し残して剥がれた。
でも、剥がした後も、下に黒い紙が貼ってあって箱は黒いままだった。




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[ 2007/03/03 18:11 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱19 

 俺は、剥がした黒い紙の裏を見た。
裏側は、黒い色がついていない代わりにぐにゃぐにゃした字の様なものが書いてあった。
小学生の俺たちには何か分からなかったが、梵字だったような気がする。
俺は、両方の掌で、くるくるとその紙を丸めて部屋の隅に捨てた。
そのとき、蔵の外でおばばの叫び声がした。

「 あーっ!!」

 俺たちは、驚いて蔵の入り口に走った。
蔵に入ったことが、バレたと思ったからだ。
しかし、蔵の入り口に着いてもおばばも伯父夫婦もいなかった。
俺は、蔵の戸を少し開けて外の様子を窺った。

「 誰も、いないぞ。」
「 外に出よう。」

俺たちは、急いで蔵から外に出て、戸を閉めた。
そして、傘をさして、二人で買い物に行っていたような顔をして母屋に戻った。
 母屋に入ると、おばばと伯父夫婦の会話が聞こえてきた。

「 本当だって、仏壇にお供えをしていたら、急に目の前が暗くなって。
 直ぐに元に戻ったんじゃが。」
「 何言ってるんですか、お母さん、まだ、ボケる年じゃあるまいし。」
「 そうですよ、お母さん。」
「 お前たちは、この私の言う事が信用できないと言うのか。」
「 そう言う訳では、無いんですけど。」

伯父夫婦は、黙った。

「 もういい、早く、畑を見て来い!」

 おばばは、伯父夫婦を怒りながら母屋から追い出して、仏壇に念仏を唱えだした。
俺たちは、蔵に入った事が見つかっていない事が分かりホッとした。
この日の夕方に、おばばや伯父夫婦に、この家で双子が生まれた事があるかを、それとなく聞いてみたが、誰もそんな事は無いと言う返事だった。




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[ 2007/03/03 18:10 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱20 

 夜眠る前に、俺とTは、蚊帳の中に入って、虫の分配をどうするか相談した。
俺は、明日の朝、家へ帰る。
Tより一日早く帰る事になっていたので、今日のうちにどちらがどの虫を持って帰るか決めておく必要があった。
 一通り虫の分配を決めた後で、おばばの双子の話しになった。
俺とTは、夕方、おばばや伯父夫婦に、双子はこの家で生まれたことがないと否定されて疑問を持っていた。
でも、蔵の中でのアルバムの話は出せないので、それ以上聞けなかった。
だから、俺もTもそれぞれの家に帰ったら、両親にその事を聞いて見る事を決めた。
そして、秘密の部屋については、誰にも言わない事を二人の約束とした。
 次の日の朝、俺はTをおばばの家に残して大阪の家に戻った。
家に帰って母に、祖母は双子かと聞いたら、何を言い出すのか、と言う怪訝な顔をされた。
母は祖母を双子ではないことを確信しているし、Tの方も同じ答えが返ってきているだろうなと思った。
でも、アルバムの話はしないでおいた。
俺は、この時、この夏休みが、俺とTとSちゃんの三人で遊べた最後の夏休みになるとは思っていなかった。




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[ 2007/03/03 18:09 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱21 

 次に母の実家を訪れたのは、小学校6年生になる前の春休みだった。
今度は、母が実家に一泊することになって、俺も付いて行くことになった。
俺の父は、年始から単身赴任で東京に住み、俺一人、家に残して行けなかったからだ。
祖母のことで相談があると言うことで実家の伯父から連絡があり、名古屋の伯父も来ると言うことだった。
 俺は、春は虫取りは無理だが、またTと遊べると期待していた。
しかし、今度は家族の会議と言うことで、Tは来ないことが分かった。
秘密の部屋で、また遊べるかもしれないと思っていた俺は、とてもがっかりした。
それに、Tは、春休みに進学塾の合宿があるとも聞いた。
Tは、小学校の6年から私立中学を目指して受験勉強をすると言うことだった。
また、夏には一緒に遊べると思っていた俺は、夏もだめかなあと思った。
 母の実家に昼頃着くと、実家の伯父夫婦が疲れた顔で迎えてくれた。
いつもなら、祖母が先に立って迎えてくれるのに、祖母の姿は見えなかった。
俺は、祖母はどうしたのかと聞いたが、病気で寝ているから出てこれないと言われた。
それに、祖母の部屋にも行ってはいけない、とも言われた。
俺は、何か伝染病なのかなと思った。
 名古屋の伯父は、午後三時頃、やって来た。
家族が揃い、早速会議が始まって俺は締め出された。
 俺は、会議中は誰も来ないから、大きい方の蔵に行ってみた。
大きい方の蔵は鍵が掛かっていて入れなかった。
それも、南京錠のついたチェーンが付け加えられて二重になっていた。
裏に回って、外壁の下にある明かり取りの小さな窓を見に行ったが、内側から木の板が新たに打ち付けてあることがすりガラスを通して分かった。
小さな方の蔵二つも行ってみたが、鍵がかかっていて入れなかった。
しかたがないので、俺は、家から持って来た漫画を読んだり、テレビを見たり、冷蔵庫にあった冷凍ミカンを食べたり時間をつぶした。




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[ 2007/03/03 18:08 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱22 

 夕食休憩の後も会議は続いた。
長い会議が終わると、もう寝る時間だった。
長い会議に疲れたのか、母は直ぐに寝息をかき始めた。
家の中が静かになり、俺も寝た。
 夜中の二時頃だったか、俺は眼が開いた。
冷凍ミカンを食べ過ぎたのか、トイレに行きたくなった。
俺は、起き上がって廊下に出た。
玄関側にあるトイレに行って、戻って来ると、一番奥の部屋の障子から明かりが漏れているのが見えた。
おばばの部屋である。
実家の伯父夫婦から、行ってはいけないと言われていたが、行って見ることにした。
 音を立てないように廊下をそーっと歩いた。
部屋に近づくにつれ、何か異臭が漂っている。
そして、明かりの点いているおばばの部屋の前に立った。
障子越しに、ぼそぼそ話し声が聞こえる。
おばばの声だ。
こんなに夜遅く、誰と話しをしているのかと思った。
 俺は、音がしないように障子をそーっと、少しだけ隙間を開けた。
異臭は、この部屋から流れている。
俺は、細い障子の隙間から、部屋の中を右目で覗いた。




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[ 2007/03/03 18:07 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱23 

 おばばは、部屋の真ん中で、向こうをむいて手を動かしながら、一人でぶつぶつ呟いていた。
それは、小さな子供とお話しをしているような幼児言葉だった。
後ろから見るおばばは、小さく痩せこけていた。
ほんの七ヶ月前は、伯父夫婦を怒りながら、この家を切り盛りしていたおばばと同じ人間とは思えなかった。
 おばばは、少し体を左に捻じって、人形のようなものを左に置いた。
それを見て、俺は体が硬直した。
それは、ウンコで出来た人形だった。
昼はあちこち開け放たれていて異臭が分からなかったが、夜閉め切ってあるから廊下まで漂っていたのだ。
 俺は、そっと障子を閉じて部屋に戻った。
俺は、見てはいけないものを見てしまったと思った。
俺は、なかなか眠れなかった。
眼をつぶっても、おばばの後ろ姿が眼に浮かんだ。
恐ろしかったし、それ以上に悲しかった。
俺は、今まで身近に、死と言うものを考えていなかった。
おばばの急激な老化を見て、同時に自分の死というものを意識した。
年を取ったら、俺もああなってしまうかもしれないと言う悲しさが込み上げて来た。
みんな、いずれは死ぬんだと思った。
俺も、いずれは死ぬんだと思った。
俺は、なかなか眠れなかった。
そして、次の日、俺は重い気分で母とこの家を後にした。




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[ 2007/03/03 18:06 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱24 

 2ヶ月後、介護施設に入所していたおばばが亡くなった。
この前の家族の会議は、おばばを介護施設に入所させるかどうかの話し合いだった。
夏にあれだけ元気だったおばばが、こんなにあっけなく老化して死んでしまったことに俺は動揺した。
そして、もう、双子の件は、分からずに終わるだろうなと思った。
 母は、おばばが危ないと連絡があってから実家に泊まっていた。
父は仕事の関係で、通夜から参加することが出来ず、当日行く事になった。
俺は父と一緒に、葬儀の当日、朝早くたたき起こされ、母の実家に向かった。
Tが来ているだろうなと思って行ったのに、名古屋の伯父夫婦は来ていたが、Tの姿は無かった。
俺は、久しぶりにTの顔を見られると思っていたのに残念だった。
何故来ないのかなと思ったが、名古屋の伯父夫婦は忙しそうにしていたので聞きそびれた。
葬儀には、名前も分からない様な親戚もたくさん来ていた。
俺は、話し相手も無く退屈しながら葬儀を見ていた。
 葬儀が11時ごろに終わって、火葬場にみんな行く予定だったが、タクシーに乗り切れず、俺と何人かは留守番で実家に残った。
乗り切れないことが分かった時、俺は、おばばの家に残ることにした。
おばばの死は予測されていたことだったが、俺にとって大きかった。
火葬場に行ったら泣いてしまうかもしれないと本当に思った。
泣いているところを俺は人に見られたくなかった。
俺は、霊柩車を見送りながら、心の中でおばばに言った。

「 さらば、おばば。
 死んでしまって、馬鹿野郎。」




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[ 2007/03/03 18:05 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱25 

 おばばの家は後片付けに入った。
葬儀屋は、あっと言う間に葬儀会場を片付け、去って行った。
留守番は数人だけで、おばばの家はガランとしていた。
留守番は台所に行って、火葬場からみんなが帰った時、振る舞う昼食の準備を始めた。
 俺は、手伝いはいいと言われたので、鞄に持ってきた漫画を読もうと思った。
台所の話し声が耳障りなので、奥の座敷に行く事にした。
広い実家の廊下をつたって、奥の座敷に漫画を持って移動した。
台所の声が、段々小さくなった。
奥の座敷に入って、障子を閉めた。
台所で話している声が、聞こえなくなった。
先程までのざわざわした雰囲気が消え、実家の中は静かだった。
俺は、座布団を二つ折りにして枕を作り、奥の座敷に寝転んだ。
しばらく漫画を読んでいると、涙が出てきた。
俺は、漫画を開いたまま顔に被せ、仰向けに眼を閉じて、じっとしていた。
そのうち、朝早くたたき起こされた影響か眠り込んでしまった。
 どのくらい眠ったのだろうか、トントントンと誰かが廊下を歩いて来る足音が聞こえた。
足音は障子の前で止まり、すーっと障子が開く音がした。
俺は、眠くて眼を開けることが面倒で仰向けのまま朦朧としていた。
足音は、俺の右の枕元で止まった。
小さな女の子の声が聞こえた。

「 おばあちゃんは、どこ?」

 俺は、薄目を開けたような気がする。
顔に掛けた漫画の本と畳の隙間から、赤い靴下を履いた小さな女の子の足先だけが見えた。
俺は、台所に残っている親戚の子が来たんだと思った。
俺は、女の子に言った。

「 おばあちゃんは、もう、いないよ。」
「 じゃ、おにいちゃん、あそぼ。」
「 今日は、眠いから、だめ。」
「 じゃあ、次は、きっとね。
 約束だよ。」
「 ああ。」

 足音は、廊下に出て、奥の方へ行ってしまった。
奥の部屋はおばばの部屋だ。
俺は、台所と帰る向きを間違ったんだと思った。
俺は、そのまま、また眠ってしまった。



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[ 2007/03/03 18:04 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱26 

 しばらくすると、ガヤガヤと言う声と共にみんなが帰ってきた。
俺は起き上がって、両親の所に戻った。
昼食が始まって、親戚が一同に集まった時、先程の女の子が何所にいるか探した。
小学生ぐらいの女の子はいたが、先程の子はもっと小さかったような気がする。
両親に小さな女の子がいたかどうか聞いたが、親戚が多くて、いたのかいなかったのかよく分からないし、先に帰った人もいると言う返事だった。
結局、よく分から無いまま大阪の家に戻った。

 おばばの葬式から、1ヶ月ほど経った。
毎日、梅雨の雨が降っていた。
夏が近付いて来たと言うのに、今年はまだ、母の実家から遊びに来いと言う連絡は来ていなかった。
おばばがいなくなったから、連絡が無いのかなとも思った。
でも、毎年呼ばれていたから、今年もやはり来いという連絡が来るとは思っていた。
 俺は、実の所、今年は母の実家に遊びに行くかどうか迷っていた。
おばばの死後、母の実家に行くことが気分的に重くなって来ていたからだ。
俺は、Tに電話を掛けて見る事にした。
去年の夏以来、Tとは話したことが無かった。
電話を掛けるとTの母親が電話口に出て、Tに替わるからちょっと待ってくれと言われた。
しばらくの間、電話機の向こうの方でTと母親の話し声が遠く聞こえた。
内容は聞き取れなかったが、Tが、なかなか電話に出てこないので俺は苛立った。




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[ 2007/03/03 18:03 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱27 

ようやく、Tが電話に出た。

「 やあ、久しぶり。」

俺は、“ん?”と思った。
Tに元気が無い。
どうしたのかなと思った。
まあ、とにかく母の実家に今年は行くのかどうかを聞くのが、先決だと思ったのでTに尋ねた。

「 今年は、夏休みに北陸の実家に行くか?」
「 いや、夏休みは塾があるし、いろいろ忙しいんだ。」
「 じゃ、今年は行くの止めるのか。」
「 うん、そうしようと思ってる。
 悪いけど行けないよ。」
「 そうか、実は俺、行くかどうか迷ってたんや。」
「 えっ、どうして?」
「 良く分からんけど、何となく。」
「 そう、何となくか・・・・・。」
「 おばばの葬式、来てなかったやろ。」
「 ああ、おかあちゃんの方の実家に行ってたんだ。」
「 そうか。
 あっ、あのな。
 おばば、双子やないと、うちは言ってたぞ。」
「 僕の所もそうだよ。」
「 そうだろうと思った。」
「 でも、・・・・・。」
「 え、どうした。」
「 いや、いいんだ。
 とにかく、今年は行かないよ。」
「 じゃ、行くの止めよう。」
「 そう、行かない方がいいと思うよ。
 じゃ、またね。」




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[ 2007/03/03 18:02 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱28 

 電話は、唐突に切れた。
俺が、何かを言い出す前に切ったように思った。
何か、もやもやした気分だ。
楽しく遊んでいた頃のTとは印象が違っていた。
それに、言葉の端々に、俺に何処まで話していいのかと言う迷いがあったようにも思った。
俺はTとの間に溝ができたと思った。
そして、俺とTとの行き来は途絶えた。
 この年、夏になっても母の実家からは、誘いの連絡は入らなかった。
そして、誘いの連絡も、これを境に途絶えてしまった。
その後、Tは私立の進学中学校に入学し医学部を目指し、家もマンションから新築の一戸建てに引っ越した。
このことに刺激されたのか、俺の親は中古の一戸建ての家をローンを組んで無理をして買い、俺も引越しすることになった。
 この頃から、両親そろって俺に将来の事を考えてTを見習って勉強しろと言い始めた。
俺は、Tと比較されるのはまっぴらだと反発した。
そして、将来のことを考えることも無く、だらだらと地元の公立中学校に入学して、相変わらずの日々を楽しんでいた。
 また、俺は、中学校、高校と、ずっと母の実家を訪れようとは思わなかった。
それは、おばばのいない実家は、抜け殻のようだったからだ。
それでも、俺はTやSちゃんと遊んだことを事あるごとに思い出していた。
でも、楽しかった思い出は、どんどん過去に押し流されて行く。
 今までで、母の実家を訪れる機会が無かった訳ではない。
それは、俺が高三の冬、母の実家に住んでいた伯父が急死した時だった。
その時は、俺は大学受験を控えていた。
俺は、当然、葬式に行くものだと思っていた。
でも、親から、家で受験勉強をしていろと言われて、俺は行かなかった。
それに、実家の伯父の死因についても、親は、突然の心不全としか言わなかった。
いつもはどうのこうの言う親なのに、何も言わないのは不思議な気がした。
でも、特に、詳しく聞くこともないかと、そのまま終わってしまった。
 葬式にはTも来ていなかったと、帰ってきた母から聞いた。
その後、実家に一人残った伯母は、自分の実家に帰ってしまった。
そして、おばばの家は、空き家となった。




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[ 2007/03/03 18:01 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)
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