入院1 

   入院

 俺は、大阪の大学の5回生だった。
去年は単位を落として卒業できなかった。
友人は数人を残して皆卒業して、俺は大学に取り残された。
学費を出してくれている両親もうるさいし、今年は卒業したいと思っていた。
 当日は卒業論文の資料調べで大学の図書館へ来ていた。
12月25日、クリスマスの寒い日だった。
数日前から、ストレスからか体調不良は感じていたが、どうも今日は熱があるなと思った。
図書館で本を数冊調べているうち、たまらなく体がだるくなってきた。
隣にいた友人の声が耳から遠退いていく。
 俺は、席を立って家へ帰ることにした。
電車の中では、長いシートに横になりたかった。
隣に座ったおばはんの買い物袋から流れる甘い臭いに吐きそうになった。
 家について玄関の上がり框で、うつむきにくの字になってうずくまった。
両親が玄関にやってきて、玄関で熱を測った。
38.2度。
両親は、早く医者に行けといった。
自動車で送ってくれるものと思ったが歩いていけと親は言った。
俺は、仕方なく自転車にしがみついて近所の医者に行った。
 医者に行くのは久しぶりだ。
待合室には、じいさんばあさんが楽しそうに話をしていた。
座る席が無いので、壁にもたれて崩れ落ちそうになるのを我慢して待った。
40分待った。
前からいるじいさんばあさんが、後から来たじいさんばあさんに席を譲って、俺は何時まで経っても座れなかった。
 ようやく名前を呼ばれたときは、よれよれだった。
診察室に入ると、50才ぐらいの脂ぎった医者が笑顔で座っていた。
俺の顔を見て、直ぐに医者は言った。

「 風邪です。」

30秒で診断は下された。
 俺は、3日分の薬を貰って帰った。
両親は、何だ風邪かという顔をした。
薬の袋には、高貴薬と言うハンコが押してあった。
俺は、疑問を持ちながら薬を飲んだ。
やはり、3日経ったが熱は下がらなかった。



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[ 2007/01/24 18:22 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院2 

 4日目、医者に行った。
医者は、さかんにおかしいと言った。

「 おかしいですね、これ。
 いい薬、出してるんですけどね。
 普通の人だったら、熱、下がるんですけどね。
 レントゲン撮ってみましょう。
 最新の機械を入れたんですよ。」

医者は嬉しそうに言った。
俺は、自分では普通の人だと今まで思っていたのに、普通の人では無かったようだ。
 レントゲンの現像に1時間待たされた。
名前を再度呼ばれて、診察室に入ってレントゲンの映像を見た。
何か真っ黒で分からなかった。
医者は、言った。

「 ちょっと現像失敗しましてね。
 でも、ここ見てください。
 白いもやが有るでしょう。
 これは、入院ですよ。
 病院を紹介します。」

俺は、身を乗り出して映像を見た。
画面は真っ黒で、僅かに体の両側の線が分かる程度だった。
俺は確かめたくって聞いた。

「 何処ですか?」
「 ここ、ここですよ。
 ほら、白くもやっとしてるでしょう。」


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[ 2007/01/24 18:21 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院3 

 医者の指差した所を、目玉が落ちるぐらい眼を見開いて凝視したが、他の部分と何処がどう違うのか分からなかった。

「 ここですか?」
「 そう、そこです、そこ。」
「 なんか、他と同じようにしか見えないんですが?」
「 もう、これだから素人は困る。
 入院先を紹介しますから、ちょっと待ってください。」

この医者は超能力者だと思った。
エスパー伊東のテニスラケット輪くぐりと互角のレベルだ。
失敗した、ここへ来るんじゃなかった。
早くここから脱出しないと、もっと他の病気も超能力で見つけられるんじゃないかとびびっていた。
 俺が黙っていると医者は納得したものと思って話を進めた。
とりあえず、うん、うん、と返事をしてこの場を収めた。
窓口で診察料金を払って、脱出した。
もう二度と来るもんかと思った。
家に帰ってから、おやじにいい病院を探してもらって入院しようと思った。
そして、自転車にへばりついてかろうじて家に戻った。
 家に帰るなりおやじは言った。

「 入院先に電話しといたぞ。」
「 えっ、何で入院て、知ってるん?」
「 医者から、さっき連絡があって、直ぐに入院先に連絡を取って予
 約しといた。」

俺は、やられたと思った。
他の病院にしてくれとさんざん言って探してもらったが、良さそうな所はどこもいっぱいだった。
年末は、病院も混んでいるのかと思った。
 次の日、12月29日に超能力医者の紹介の病院に入院することになった。
入院の荷物を準備しながら、不安でいっぱいだった。
熱に慣れたのか、体は不思議と動くようになっていた。



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[ 2007/01/24 18:20 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院4 

12月29日
 俺は、大阪の郊外にある大きな病院に一人で荷物を持って入院した。
病院は、鉄筋コンクリートの4階建てで3個の直方体が平行して並んでおり、各階は連絡通路で繋がっていた。
病室は、真ん中の棟の3階だった。
大部屋は、いっぱいだったので料金の高い個室に入った。
通路を挟んで、片方が個室、反対側が大部屋になっている。
病室は、各階の中央にあるナースステーションから二つ目の個室だった。
案内してくれた看護婦さんが言った。

「 ここが、病室です。
 私は、担当のSです。
 いろいろ規則がありますから、ちゃんと守ってくださいね。」

 俺は、軽く会釈をして、Sさんの説明を聞いている振りをしてSさんの顔をじっと眺めていた。
Sさんを見たとき、奇麗な人だと思った。
とってもラッキーの気分だった。
俺と同じぐらいの年で、はっきりした言葉使いで話し、時々こちらを見る眼は鋭い感じがした。

「 聞いてますかっ!!」
「 えっ!」
「 聞かないのなら止めますよ!
 絶対、困りますから!」
「 すみません。」

 俺は、突然、怒られてしまった。
Sさんは、一通り説明すると部屋を出て行った。
入院の荷物を、入り口左のロッカーに片付けながら、この病院でもいいかなと思った。



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[ 2007/01/24 18:19 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院5 

 荷物を片付け終わって、改めて病室を見回した。
病室は、縦に長い四角形で、入り口と反対に窓があった。
ベッドは、入り口から見て右の壁に縦につけてあり、頭を窓、足を入り口に置かれていた。
入り口の右隅には、洗面の水道がある。
左側の壁に沿って、来客用の椅子が二つ、キャスター付きの物入れ棚、その上にテレビが置いてあった。
白い部屋なのに、何か暗く重い空気を感じた。
それは、俺の病院に対するイメージが、そう感じさせているのだと思った。
 しばらくして、両親がやってきた。
明日から10日間ヨーロッパに旅行に行くようだ。
何時の間に決めたのか知らなかった。
家が空になるので、と言って鍵を一つ渡してくれた。
早く治ったときの用意らしい。
手を繋いで病室を出て行く両親を見て、こりゃ負けたなと思った。
 Sさんに連れられて、主治医のところに行った。
かなり年寄りのじいちゃんだ。
90歳ぐらいに見えたが、実際は70歳ちょい超えたぐらいか。
言っている事が、もごもご不明瞭で良く分からない。
通訳がいるかと思ったが、理解した範囲で聞くことにした。
述べた内容を要約すると次のようだった。

「 弟子から聞いて病状は、分かっている。
 いい薬があるから直ぐ治る。
 最新の機械を入れたので、レントゲンを撮りなさい。」

 これだけの内容を説明するのに、30分話を聞かされた。
主治医は、嬉しそうに喋っていた。
話の内容は、何処かで聞いた話と同じだ。
正真正銘、師匠と弟子だと思った。
何か、もっと恐ろしい病気をスーパー超能力で発見されそうで不安が膨れて
きた。
検査を受けて主治医から説明を受けた。
今度は、レントゲンの映像に、胸に確かに白いもやが映っていて納得した。
 夕食時にSさんが、薬の袋を持ってきた。
俺は、高貴薬と書いてないか確かめてから薬を飲んだ。
高貴薬とは書いてなかった。
これは師匠の対応としては納得できなかったが、実際のところはホッとした。
Sさんは、テキパキと仕事をこなしていたが、時々フッと顔に疲れが見えた。
熱は、解熱剤を飲んだときは37度台、薬が切れると38度台に上がった。
やはり38度台では体がきつく、次の解熱剤が待ち遠しかった。



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[ 2007/01/24 18:18 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院6 

 病院の夕食は、夕方5時半だ。
職員の就業時間の関係で仕方ないかと思うが、それにしても早すぎる。
夕食後の気の遠くなる程の長い時間、何もすることが無くテレビをぼんやり見ていた。
そして、いつの間にか寝てしまっていた。
Sさんの声が聞こえた。

「 就寝時間です。
 テレビを消してください。
 規則です。」
「 はい。」

また、怒られてしまった。
 病室の電気を消して出て行くSさんの後姿を見ながら、リモコンでテレビを消した。
薄暗い病室で、ベッドに仰向けに寝て、何時になったら退院できるのか不安になった。
このまま、ずっと入院だと卒業もできないし弱ったと思った。
そのうち、熱と疲れからかいつもよりかなり早い時間に寝てしまった。
 夜中に眼が開いた。
始めは、もう朝かと思ったが、カーテンの隙間は真っ暗だし、枕元の時計を見て午前1時だと分かった。
早く寝すぎたので夜中に眼が開いてしまった。
廊下の暗い明かりが、入り口のガラスを通して病室に射し込んでいた。
することも無いので、もう一度寝直しだと思ったが、なかなか眠れなかった。
何のモニターか分からないが、心臓の鼓動のペースの機械音がピッ、ピッ、ピッと遠くに微かに聞こえていた。
 1時間ほど眠れずに寝返りをうっていた。
ふと眼を開けると、入り口の扉のあたりに黒い縦長の楕円形の影が浮いているのが見えた。
薄く透き通って、影越しにドアが見える。
何だろうと思って見ていると直ぐに消えてしまった。
また、熱が上がってきたかな、と思っているうちに三度目の眠りに付いた。



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[ 2007/01/24 18:17 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院7 

12月30日
 何処で聞きつけたのか、同じ大学の友人、5回生のYがやって来た。
そして、ベッドに寝ている俺に言った。

「 お、いたいた。
 個室に入ってるなんて、豪華、豪華。
 クリスマスの日、図書館から急に帰ってしまって音沙汰無いから、
 どうしたのかと思ってたら、こんなホテルに連泊してたんか。
 元気そうやけど、何処が悪いねん。
 どうせ下半身の問題やろ。」
「 熱が38度もあるんやで。
 元気なもんか。
 今は、解熱剤で熱が下がってるからいいけど、薬が切れるとヘロヘ
 ロや。」
「 なんや、薬物中毒かいな。」
「 肺炎や、肺炎!」
「 お見舞い持って来たったぞ。」

Yは、果物籠と花束を俺の眼の前に見せた。

「 年末やから、みんなおらんし、代表して来たんや。
 代金は、立替や、来年なったら、みんなから集めるわ。」

こいつらしいなと思った。
Yは、同じ学部の留年組だ。
大阪生まれの大阪育ち、こてこての大阪人だ。
 血圧測定と検温に、Sさんが入ってきた。
Sさんは、Yをチラッと見ただけで、直ぐに血圧測定の準備を始めた。
俺はイスに座って、腰をかがめて測定を始めたSさんの顔を見ていた。
Yが、俺の顔を見ながら近付いてきて、俺から見てSさんの右横に立った。
血圧測定が終わってSさんが、真っ直ぐ立ち上がった時、SさんとYが2人並んだ。
Yは、俺の顔を真っ直ぐ見ながら、右手をSさんの後ろに回しSさんの右肩をたたいた。
Sさんは、右後ろを振り返った。

「 ???」

Yは、ニヤニヤしていた。
Sさんは左を向き、Yの顔を睨み付けて言った。

「 やめてください!!」

Sさんは機材をサッサと片付けて、検温もせずに病室から出て行った。



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[ 2007/01/24 18:16 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院8 

 Yが俺に不満そうに言った。

「 愛想、悪いやっちゃなぁ〜。
 きゃ、とか言えば可愛いのに。
 ぜんぜん、驚きよらへん。」
「 世話してもらってるのは、俺やから、やめといてくれ。
 毒でも注射されたら、どないすんねん。」
「 ちょっと綺麗や思て、しゃーないやっちゃなぁ。」
「 ほどほどにしといてな。」

俺は、ちょっと不安になった。
できれば、SさんにYを近付けたくなかった。
俺は、これまでの経緯をYに話した。

「 お前、生きとったら、また来るわ。」

嵐のようなYが、去って行った。
 果物籠を棚に置いて、イスにほっぽり出してあった花束を、ナースステーションから花瓶を借りてきて自分で生けた。
ナースステーションにいたSさんは、あっちを向いたままだった。
俺は、自分の熱がかなり上がったような気がした。
 夕食を食べて、また長い夜がやって来た。
俺は、不覚にもまた早く寝てしまった。
眼が開いたのは、やはり午前1時だった。
また、心臓の鼓動のペースの機械音がピッ、ピッ、ピッと遠くに微かに聞こえていた。
夜になると静かだから響いてくるのかなと思った。
 しばらく、寝られないので寝返りをうっていた。
ふと、眼を開けて入り口の方を見ると、ベッドの足元のところに人の輪郭を持った黒い影が一つ立っていた。
俺は、怖くなってナースコールを押した。
直ぐに看護婦さんがやって来たが、入ってくる前に黒い影はスーッと消えてしまった。
当直の看護婦さんは、SさんではなくKさんだった。
俺は、今見たことを説明した。
Kさんに、熱から来る悪い夢で片付けられた。
不安なまま、しばらく寝られなかったが、何時の間にか眠ってしまった。



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[ 2007/01/24 18:15 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院9 

12月31日
 大晦日だ。
俺の熱は、少し上がり気味だ。
食欲もあまり無い。
 昼頃、体重を計りにナースステーションの横に行った。
70才位のじいさんが、先に体重を計っていた。
トイレに行ったとき、よくいるじいさんだ。
俺は、後ろに並んだ。
じいさんは体重計のメモリが見えないのか、尻を突き出して前かがみになった。

「 ぶーっ、ぶっ。」

じいさんは、俺の眼の前で二段の屁をした。
めまいがして、仰け反った。
 じいさんは、振り返ってニタニタしながら言った。

「 屁が出た。」

説明してもらわないでも分かっている。
いい加減にしろよなぁ〜、と思ったが、黙っていた。
じいさんの前歯が、一本欠けていた。
何処かで見たような顔だなと思って、考えているうち思い出した。
なんかの漫画に出てくる、妖怪ぬらりひょんだ。
ぬらりひょんが体重計を降りたので、次に俺がのった。
体重は、2キログラム減っていた。
 痩せてきたかなと思っていると後ろから声がした。

「 にいちゃん、にいちゃん。」

振り返ると、ぬらりひょんだった。

「 痩せたかぁ〜?」
「 ちょっと、痩せたかな。」

不覚にも、ぬらりひょんに喋ってしまった。

「 にいちゃん、おとつい二番目の部屋に入った人やろ。」
「 そうです。」
「 気ィつけやぁ〜。」
「 なんですか?」

ぬらりひょんは、答えずに大部屋の方に行ってしまった。



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[ 2007/01/24 18:14 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院10 

 主治医は、いい薬を出しているから、もう直ぐ直ると言った。
俺は、熱も上がり気味だし逆に悪化しているような気がしていた。
それでも、今日は一つだけいい事があった。
ナースステーションの前を通ったとき、話し声が聞こえて、今日の当直はSさんだと分かったことだ。
 昼に俺は、思った。
今まで、早く寝すぎていた。
だから、夜中に眼が覚めて夢か現実か分からないものを見てしまうのだ。
今日は、遅くまで起きていて、朝まで眼が覚めずに熟睡しようと思った。
テレビをボーっと見続けるのは、止めよう。
いつの間にか寝てしまうからだ。
 俺は、一階の売店に行って本を三冊買ってきた。
これで、時間を潰せばいい。
夕食の後、テレビを早めに消して、スティーブンキングの本を読んだ。
10ページほど読んだが、予定に反して、また、就寝時間前に寝てしまった。
 夜中に眼が覚めた。
午前1時だった。
体内時計がきちんと動いていた。
まずいなぁ〜、と思った。
 また寝返りをうって、入り口の様子を窺っていると黒い輪郭が現れた。
床まである黒くて長いコートが見える。
コートにはフードが付いており頭からすっぽり被っているので、顔は見えなかっ
た。
体は、動かそうとしても動かせなかった。
眼だけで見ていると、入り口近くの左の壁から同じような影がもう一つ現れて、2つ並んでまた左の壁に消えていった。




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[ 2007/01/24 18:13 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院11 

 俺は、わずかに動く左手で、ナースコールを押した。
Sさんの足音がした。
この部屋に入ってくると思ったのに、通過して左隣の部屋に入る音がした。
次にSさんが、急いでナースステーションに戻る足音が聞こえた。
早く来て欲しいと俺は思った。
今度は、2つの足音がしてこの部屋の前を通過して左隣の部屋に入った。
Mさん、Mさんと言う男の声が二回して静かになった。
 俺は、ナースコールを押し続けた。
しばらくして、Sさんが入ってきた。
体は、動くようになっていた。
俺は言った。

「 頭から黒いコートをすっぽり被った、・・・。」

そこまで言った時、Sさんは続けた。

「 黒い影が、いるんでしょ。
 Kさんから、申し送りで聞いてますよ。
 夢の話はしないでください。
 忙しいし夜勤だし疲れてるんですから。
 はいはい、早く寝て!!」

俺が、口を開く前にSさんは部屋を出て行った。
Kさんが、何か余計な事をSさんに言ったに違いないと思った。
 そのうち、夜中だと言うのに、どやどやと左隣の部屋に人が入って行く音が聞こえた。
俺は、嫌な気分だった。
しばらく天井を眺めてぼ〜っとしていた。
そして、何時も鳴っていたピッ、ピッ、ピッと言う機械音が聞こえないことに気が付いた。



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[ 2007/01/24 18:12 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院12 

1月1日
 正月だ。
でも、体がだるい。
熱も下がらない。
何も、めでたいことが無い。
通路に出ると、左隣の部屋の前にベッドが出されていた。
 俺は、ドアが開いていたので、部屋を覗き込んだ。
中は、空だった。
後ろから声がしてビクッとなった。
振り向くと、ぬらりひょんが立っていた。

「 あ〜あ、逝ってしまいよった。
 ええ奴やったのになぁ。
 入院してきたときは元気な奴やったけどな。」
「 知ってるんですか?」
「 知ってるで。
 大部屋で一緒やったんや。
 よ〜、病院抜け出して、ラーメン食いに行ったで。」
「 そんなに元気だったんですか。」
「 そや。
 三週間ほど前に、個室に移りよったんや。
 だんだん元気なくなってきてな。
 とうとう、これや。」

ぬらりひょんは、部屋の中を眺めながら言った。

「 わしは、個室行くの止めとけ、言うたんや。
 それを、テレビ、気兼ねせんと夜中まで見られるて言うて行きよっ
 たんや。
 ほんま、わしの言うこと、聞かへんからや。」

 俺は、黙ってぬらりひょんの歯の抜けた顔を見ていた。
突然、ぬらりひょんが、俺の袖を引っ張って通路の端の非常階段の手前まで連れて行った。
ぬらりひょんが、小さな声で俺に言った。

「 わしは、見たんや。
 きのう、夜中トイレに行ったんや。
 そしたら、奴の部屋の前に薄っすらと見えるか見えへんか分からん
 ぐらいの黒い霞みたいなんが2つおったんや。
 これは、まずいと思た。
  わし、この病院、長いから何回か見てるんや。
 一つやったら、大丈夫や。
 二つ来たら、もう終わりやで。
 誰にも、見えへんと思うで。
 わし、見えるんや。
 特殊能力やがな。
 ほな、またな。」
「 それは、・・・・。」

俺が質問しようとしたにもかかわらず、ぬらりひょんは行ってしまった。

“ マズイ・・・・・・・。”

俺は、非常階段のところから真っ直ぐ延びる通路を見つめていた。



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[ 2007/01/24 18:11 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院13 

 俺は、転院を考えた。
ナースステーションに行って転院したいと言ったら、メガネをかけた看護婦長に露骨に嫌な顔をされた。

「 正月だから主治医もいないし、許可がないとだめです。
 それに、この時期、受け入れてくれる所はありません。」

俺の希望は、却下された。

 また、夜がやって来た。
今日は、午後11時過ぎまで、根性で起きていた。
この時間まで起きていれば、もう、夜中に眼が覚めることは無いだろうと思っていると、午前1時に、また眼が覚めた。
なんて、ことだ。
 俺は、ナースコールを左手に握り締めて、影が出てきたら、夢だと叫ぼうと思った。
しばらく、入り口を見ていた。
うわっ、出た。
ベッドの足元に、一人こっちを見ながら立っていた。
 通路から差し込んでくる非常灯の弱い明かりで顔が見えた。
顔にある2つの眼は空洞で、黒く穴が開いているようだった。
ナースコールを押しながら、気絶しそうだった。
当直の看護婦さんの足音が聞こえてきて、助かったと思ったら影が、すーっと消えた。
 顔を知らない看護婦さんだったが、一生懸命状況を説明した。
看護婦さんは、うん、うんと頷いて行ってしまった。
そして、何時までたっても、帰ってこなかった。
説明に疲れて、俺は寝た。



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[ 2007/01/24 18:10 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院14 

1月2日
 熱は、さらに上がった。
体がふらついてうまく動けない。
午前中に、主治医の診察を受けた。
相変わらず言っている事が良く分からない。
自動翻訳機が必要だ。
人が苦しんでいるのに、1時間ほど話をされた。
要約する。

「 おかしい、おかしい。
 普通の人なら、この薬で治るはずだ。
 お前は、治らない。
 とってもおかしい。
 特異体質だ。
 看護婦から聞いたが、幻覚も出ているようだ。
 もっと強力な、いい薬を出す。
 今日から、点滴だ。
 以上、分かったか。」

診察室から出て、頭がくらくらした。

 病室に戻って、ベッドに横になって休んでいると、ドアが少し開いて眼が見えた。
ぬらりひょんだ。
右手を上げると入ってきた。
部屋の中を、しげしげ眺め回して言った。

「 診察どうやった?」

どうやら、診察室に行くのを見ていたらしい。
俺は、苦しみながら答えた。

「 今日から、強力な点滴らしいです。」
「 ふふー、ま、効けばいいわな。
 結構いい部屋やが、空気は重いで。
 それでも、担当は美人の看護婦やからええがな。
  Sさん10日ほど前に転勤して来た人やで。
 転勤したてはな、ここ結構いじめられるで。
 特に、婦長とかあかんで。
 夜勤も、よう押し付けられてるみたいやで。
 体、壊さへんか、心配しとんねん。
 ま、それはええとして、変なもの見えへんか。」

まともに言えば、このぬらりひょんはあちこちで言いふらすと思ったので言わないことにした。

「 いや、見えないです。」
「 そーかー。
 この部屋、患者の回転早いんや。
 治って出て行くとは限らんけど・・。
 まぁ、大部屋に変わった方がええで。
 悪いこと言わんから。
 ほな、気ィ付けや。」

ぬらりひょんは、部屋から出て行った。

「 治って出て行くとは限らん・・・・・。
 うわっ!」



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[ 2007/01/24 18:09 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院15 

 これは、非常事態だと思って携帯で急いでYに連絡を取った。
事情を説明して、今晩、病院に泊まってくれるように頼んだ。
Yは、軽くOKしてくれた。
俺は、少し力を取り戻した。
 今日から、いろいろな点滴が加わった。
でかい点滴容器から、多量の薬が体に入った。
余計、意識が朦朧としてきた。
 就寝時間をかなり過ぎて、Yが忍び込んできた。
Yは、たこ焼きを2パック買ってきた。
俺は、ほとんどものが食べられず抗生物質を栄養にしていた。
Yは、イスに座って、たこ焼きを2パックとも食べて空容器をゴミ箱に放り込んだ。
 枕元の電気を点けて、しばらく話した。
午後11時になった。
当直の看護婦さんの見回りの時間だ。
俺は、枕元の電気を消した。
足音がして、Yはベッドの下に隠れた。
 Sさんが来たことが分かった。
Sさんは、懐中電灯を照らしながらベッドに近付いてきた。
Sさんが、ベッドの横に立ったとき、ダンと言う音がして、Sさんの体と懐中電灯が揺れた。

「 痛っ!」

そして、ベッドがガンと振動して、Yはベッドの裏で頭を打った。

「 いでぇ〜。」

ベッドの下から、ゴキブリの様にYが這い出してきた。
SさんがYに言った。

「 私の足を触るな!!
 たこ焼きの匂いで、誰かいるのは分かってました。
 早く出て行きなさい。
 規則です!!」

Sさんは、怒っていた。



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[ 2007/01/24 18:08 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院16 

 Yは、Sさんの足を触ろうとして、伸ばした手をSさんに踏ん付けられ、おまけに伸び上がった拍子に、ベッドの裏に頭をぶつけていた。
俺は、ひたすら謝った。
そして、Yに来て貰った事情を説明した。
Yが、どんなにいい奴かも説明した。
 Sさんは黙って俺を見ていた。
その間、Sさんの後ろで、YはSさんに見えないようにバンザイを何回もしていた。
Sさんの顔の右や左から、伸び上がったYのバンザイが背後霊の様に見えていた。
そして、Sさんは黙ったまま部屋を出て行った。
 Yは、小声で言った。

「 おもろかったなぁ、びっくりしとったで。」
「 びっくりしてない!
 ばれとったやないけ。
 あほか、お前は。
 入院してんのは、俺やぞ。
 俺の立場を考えろ!!」

それでも俺は、泊まりに来てくれたYに感謝していた。
 しばらく話をして、俺はトイレに行った。
戻ってくるとベッドの真ん中でYはもう寝ていた。
Yを壁際に押しやり、俺もベッドに横になった。
Yがいると心強い。
ナースコールを右手に握った。
そして、Yと背中合わせでいるうちに寝てしまった。



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[ 2007/01/24 18:07 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院17 

 午前1時に、眼が開いた。
仰向けになって寝ていた俺は、足元を見て驚いた。
もう、黒い奴がひとつ、ベッドの足元にいた。
 俺が起きたことに気が付いたのか、ベッドを回りこんで俺の横に移動してきた。
俺は、体がかたまって動かない。
辛うじて腕が少し動く。
仰向けに寝ているYを、左肘で突付いた。
Yが起きない。
思いっきり左肘でYを突いた。
ううーんと言う声をあげて、Yが反転して俺の上に転がってきた。
 体半分、俺の上にうつ伏せに覆い被さっているYを抱き締めながら、横まで来て俺を覗き込んでいる黒い奴の顔を見た。
黒いフードの中の顔は、眼が黒い空洞、額には乾いて皺が寄った皮膚の一部が張り付き、唇が無く、汚い歯が剥き出しだった。
Yのずーずー言う寝息を耳元で聞きながら、あまりの怖さに俺は眼を見開いたまま黒い奴に向かって愛想笑いをしてしまった。
黒い奴は、覗き込んだ姿勢のまま、すーっと消えていった。
 俺はナースコールを右手で潰れるほど押し続けていた。
Sさんが、懐中電灯を持って入って来て俺を照らした。
俺は、まだ愛想笑いのままだった。
Sさんは、抱き合っている俺とYを懐中電灯で照らした。
そして、何も言わずに懐中電灯の明かりを消した。

“ Sさん怒ってる・・。”

俺は、何か言おうと焦った。

「 あの・・・。」

少しの沈黙の後、Sさんはナースコールを引っ張り出し、床に投げ捨てて行ってしまった。
俺の頭の中は、黒い奴と誤解の2つの言葉が数え切れないくらいぐるぐる回っていた。



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[ 2007/01/24 18:06 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院18 

1月3日
 Yは、俺より先に起きていた。
イスに座って、一階の自動販売機で売っているコーヒーを紙コップで飲んでいた。
眼が覚めた俺に、Yは言った。

「 よ〜、起きたか。
 熟睡すると気持ちええな〜。
 今日も、ええ天気やで〜。
 夕べは何も出てきぃーひんかったしな〜。
 快適な病院やんけ。
 お前、生きとるし良かったな〜。
 このコーヒーちょっと薄いのちゃうけ。
 豆、けちっとるで。」

こいつに言っても無駄だと思った。
Yは、続けた。

「 明日から、東京で新入社員の研修やしな。
 一流企業やで、羨ましいやろ。
 俺、内定してるからな、へっ、へっ、へっ。
 今日、準備せなあかんし、帰るわ。
 そや、Sさんにお前のこと、帰りに、よ〜頼んどいたるわ。」

もう構わんといてくれと言ったが、Yはへへっと笑って出て行った。



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[ 2007/01/24 18:05 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院19 

 午前中に診察を受けたが、主治医はカルテを見ながら、無言だった。
今までの様にべらべら言葉を喋らなくなった主治医に、俺は不安を感じた。
そのうち、首をかしげたまま、眼をつぶって動かなくなった。
即身仏になって、死んでしまったのかと思った。
 しばらくして、超能力即身仏主治医が、もごもご言った。
相変わらず聞き取りにくい。
要約する。

「 お前は、変だ。
 稀にしかない異常な特異体質だ。
 どうして、薬が効かないのだ。
 お前の頭には、黒い影の幻覚がある。
 これは、南アフリカの風土病に特有のものだ。
 とっても危険だ。
 もっと、強力な薬を出す。
 わしを信じろ。」

 俺は、行った事も無い南アフリカだけは、勘弁してくれと懇願した。
分かったかどうか分からないが即身仏は、大きく二回うなずいた。
主治医を説得することに時間を食って、へとへとになって診察室を後にした。
 病室に帰る途中にあるナースステーションに寄って、個室から大部屋にかえてくれと言ったら、伝染病はだめだと言われた。
ナースステーションを後にした時、後ろでクスクスと看護婦の小さな笑い声が聞こえた。
俺の彼女は、どうやらマサイ族らしい。
腰蓑着けて槍を振り回しながら、ナースステーションに乱入してやろうかと思ったが力が出ない。
 病室に戻って、ベッドに倒れこんで、もう動けなかった。
体は、くたくただ。
熱がある。
体の節々が痛い。
飯が食えないので体力が無い。
ありとあらゆる悪いことが重なっている。
もう最悪だ。
 超強力な点滴の薬の副作用か、一日中ベッドで横になってぼーっとしていた。
仰向けに天井を見ると、熱のせいかマルチスクリーンのように色々な画面が映っていた。
過去の思い出が、映っているようで怖くなって眼を閉じた。
眼を閉じても、映像は続いていた。
だんだん気力が無くなっている事を感じた。
断続的に寝ているのか起きているのか分からない状態で、夜中になった。



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[ 2007/01/24 18:04 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院20 

 いつものように、廊下の暗い明かりが、入り口のガラスを通して病室に射し込んでいた。
心臓の鼓動のペースの機械音が、ピッ、ピッ、ピッと遠くに、また微かに聞こえていた。
俺は、薄目を開けて入り口のドアをぼんやりと眺めていた。
しばらくして、黒い影が二つ、入り口近くに浮かんできた。
そして、ベッドを回りこんで俺の横に移動してきた。
俺は、朦朧とする頭で、それを眼で追った。
横に来た双子の黒い奴は、俺の顔を覗き込んだ。
生臭い息を感じた。
 俺は、ナースコールを気力を振り絞って押した。
もう、これしか頼るものは無い。
まだ、人生を終わりたくなかった。
 直ぐに、ドアが開いた。
良かった、Sさんだ。
懐中電灯を持ったSさんは、入り口で立ち止まった。

「 何ですか、あんたたちは。
 面会時間じゃあ、無いでしょう。
 何してるんですか。
 早く帰ってください。
 また、Yさんでしょう。
 いいかげんにしてください。
 私、疲れてるんですから!!」

こちらを向いていた二人が、ゆっくりとSさんの方に振り返った。
その顔を見たSさんは、ぶち切れた。

「 ええ加減にせえよ、われぇ。
 なんじゃ、その顔は!!
 こらっ、Yっ!!
 おまえ、なめとんか!
 こいつとぐるになって、脅かそとおもてんにゃろ。
 あほか、そんなん分かっとんじゃ!!
 こっちは、疲れた体引き摺って働いとんじゃ!
 出て行け、この糞野郎!!!」

 Sさんは、怒りくるっていた。
2人の方に近づき、腕をとってひきずり出そうとした。
Sさんの手は、黒い奴の体をすり抜け空を掴んだ。
Yじゃないことは、Sさんに分かったと思った。
しかし、Sさんは、さらにぶち切れた。

「 おまえ、Yとちゃうな。
 もう、そんなんどうでもええわ。
 疲れとるんじゃ!
 ええかげんにせえよ。
 おまえ、死んどんにゃろ。
 なに、こんなとこ、ウロウロしとんじゃ!!
 なんか、未練でもあんにゃろ。
 そんな根性やから、変な顔になっとるんじゃ!
 いっぺん鏡、見てみいや。
 表、歩けへんわ。
 おまえら、きもいんじゃ!!
 この包茎の童貞野郎っ!!!!」

 Sさんは、右足の裏で思いっきり黒い奴を蹴った。
右足は、黒い奴を突き抜け俺のベッドの側面のマットに当たった。
バンッと言う音とともにベッドが揺れた。
2つの黒い奴は、心なしかうなだれたようになって、すーっと消えた。
Sさんは、怒って出て行った。
俺は、意識が薄ぼんやりと遠退いて行くのが分かった。



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[ 2007/01/24 18:03 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院21 

1月4日
 朝、眼を覚ますと気分が良くなっていた。
検温に来たKさんが言った。

「 熱、下がってますね。
 37.7度ですよ。
 ようやく下がって良かったですね。」

俺は、気になっていたSさんのことを聞いた。

「 Sさん、どうしてますか。」

Kさんは、何かなと言う顔で答えた。

「 朝早く、私と交代しましたよ。
 どうかしましたか?」
「 いえ、特に、・・・。」

俺は、変に勘ぐられたら嫌なので、突っ込んで聞けなかった。
Sさんが蹴ったベッドの横を覗き込んだ。
足跡は、付いていなかった。
 夕方、Sさんが検温にやって来た。
様子を窺っていたが、いつものSさんと変わらない。
おかしいな、と思いながらも俺は言った。

「 ありがとう。」

俺は、感謝していた。
でも、Sさんの返事は、ずれていた。

「 熱が下がれば退院ですよ。
 良かったですね。」
「 あの・・・。」
「 何ですか。」
「 昨日の夜、当直ですよね。」
「 はい。」
「 昨日の夜、俺、何かありましたか?」
「 見回った時、ぐっすり寝てましたよ。」

Sさんは、そう言うと部屋から出て行った。
俺には、疑問が残った。



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[ 2007/01/24 18:02 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

入院22 

 それからは、普通の病院生活を送って、4日後、俺は退院した。
もう、黒い奴はやって来なかった。
その間、ずっとSさんは、俺にとって普通の看護婦さんだった。
俺が色々話しかけても、Sさんは事務的な会話しかしてくれなかった。
 ぬらりひょんは、退院するとき俺に言った。

「 よ〜治ったなぁ。
 この部屋から生きて帰る奴は久しぶりやわ。」

ぬらりひょんは、歯の抜けた顔でニタッと笑った。
俺は、ぬらりひょんに挨拶をし、握手をして別れた。
Sさんは、ナースステーションから形式的に手を振ってくれた。
俺は病院を離れるとき、嬉しさと悲しさが同居していた。


 半年後、俺はまだ大学の6回生だった。
東京にいるYから、手紙が来た。
電話やメールにすればいいのに、変な奴だと思った。
手紙の最初の方は、仕事の話だった。
そして、最後に付け足すように書いてあった。

『 黙ってたけど、いまSさんと付き合ってる。』

「 嘘だろ〜!!」

俺は、続きを急いで読んだ。

『 ヒッ、ヒッ、ヒッ、知らんかったやろ。
 遠距離恋愛は辛いのぉ〜。
 ちょっと教えたるけど、彼女、元暴走族のヘッドだったんだよ。
 警察に追い掛け回されたとき、事故って骨折入院。
 その時、親切にされた看護婦さんに憧れて、看護婦さんになったん
 だって。
 とっても頼れる可愛い彼女さ、ぷぷぷ。
 ちょっと、怖いとこもあるけど、超はっぴ〜。
 結婚しようと思ってるんだよ〜ん。
 それじゃ、長生きしろよ!』

俺は、やられたと思って、手紙をもう一度読み返した。
そして、俺よりYの方が長生きすると本気で思った。

「 くそっ!」

 完了



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[ 2007/01/24 18:01 ] 入院 | TB(0) | CM(0)

廃墟1 

    廃墟

 9月始めのまだ暑さが残っている時期だった。
私は、大学の学生食堂の前でZに会って声をかけた。

「 この前の夜はお疲れさん。」
「 やあ、どうもどうも。」

Zは、いつもの調子で笑顔で答えた。
 Zと私は、同じワンルームマンションに住んでいる。
私が3階でZは2階だ。
1回生の始め、同じ時間に同じマンションから出て行き、同じ電車に乗って二駅離れた同じ大阪の大学の同じ学部に通っている人間を発見した。
 朝夕、顔を何回か会わしているうち、話をするようになって友達付き合いが始まった。
私は、京都生まれなので、大阪の大学まで通学は可能だったが、下宿を希望して家を出た。
Zの出身は、隣の家まで4キロもある山形県の山奥の村だった。
本当に都会ずれしていない素朴な男で、妙な素直さと誠実さを持っている。
 私とは、Zから言わせると、共通部分もあって話していると馬が合うことが分かると言う。
人は、自分に無いものを持ったものを求めるとは言うが、何が共通部分か何処が違うのか分からないまま、2人とも3回生になった。
最近では、時間割が違っていて行き帰りが同じことは極端に減ったが、それでも大学でよく出くわした。

「 昼飯、食べよか。」
「 そやな、膝はどうや。」
「 直ったと思う。」
「 うん。」

 Zは、変な関西弁で答え頷いた。
関西弁は、あくが強いので言語に影響を与えるようだ。
学生食堂で、昼のランチをテーブルを挟んで食べながら、話題は先週のことに移っていった。



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[ 2007/01/23 18:15 ] 廃墟 | TB(0) | CM(0)

廃墟2 

 話の始まりは8月下旬だった。
例年なら、8月の末まで実家に帰っているZがアルバイトの人員不足の埋め合わせで大阪に戻ってきていた。
2週間ほど会っていなかったので、友人のYを呼んで、Zの部屋で酒を飲むことにした。
 Yは、大学の同級生で、入学直後に私とZが隣同士に教室で座ったとき、前の席から振り返り大阪人特有の人懐っこさで話しかけて来たのが縁の友達である。
3人それぞれ違いはあるが、妙に馬があってよく行き来していた。
Yは、2人とは駅を挟んで反対側のワンルームマンションに家賃ただで住んでいる。
もともとYは大阪の地元の人間で、地元の高校を卒業して、親が経営しているワンルームマンションに一人で生活していた。
実家は、マンションから歩いて10分程の所にある和風建築の裕福そうな大きな家である。
 夜に3人でZの部屋で酒を飲んでうだうだ喋っているとき、何かのきっかけでZが座敷わらしを小さい頃見たと言い出した。

「 小学校に入る前の年の秋、山形の実家で座敷わらしを見た。
僕が、2階で昼寝をしていると、階段をトントントンと上がってくる足音がする。
兄は父と買い物に出て行ったし、母にしては足音が軽いなと思った。
他に誰もいないし、母の客でも来ているのかなと思って階段の方を見ると自分より少し小柄な男の子が上がってきて声をかけた。

『おにいちゃん、あそぼ。』

母の友達の子かなと思った。
鬼ごっこをしようと言うので、2階の廊下や3つある部屋を2人で走り回った。
しばらくして、1階から母の声がした。

『走るな!!』

その声に驚いて、階段の方を見た。
そして、後ろを走っていたその子の方を振り返ったら、もうその子はいなくなっていた。
おかしいなと思って、階段を下りていくと玄関に母がいた。
小柄な男の子と鬼ごっこをしていたと説明すると、そんな子は来ていないと言われて、母と一緒に2階を見に行ったが、誰もいなかった。
帰ってきた兄と父にその話をしたら、父が言った。

『 それは座敷わらしじゃないかな、遠野物語だな。
座敷わらしは、家を守ってくれるからよかったな。』

そう言われたとき、よかったんだと安心したのを覚えている。
見たのは、それ一回きりでその後は見たことは無い。
あとは、特に不思議なものを見た記憶は無いね。」



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[ 2007/01/23 18:14 ] 廃墟 | TB(0) | CM(0)

廃墟3 

 すると、Yが、俺だって見たぞと言い出した。

「 去年の夏休みに初めて自動車を買って、一人であちこち走り回って乗り心地を試してたんや。
友達が新車を買うって聞いて、今まで乗っていた車を安くで譲って貰った。
結構古い車やったし、スピードがどのくらい出るのか分からんかったので試してみようと思ってな。
そんで、普通の道路は止めて、名神高速道路を走ることにした。
 昼は、車の通行量が多いし、トラックがノロノロしとるので邪魔やろ。
夜に走ることにした。
夜やったら、空いてるしな。
夜の11時頃、茨城インターから高速に乗って京都方面へ走ったんや。
雨が降ってた、て言うたら雰囲気出るんやけど、空は曇っとったわ。
中古の車の割りに、よぉ走ったわ。
140キロぐらいで、車体が分解しそうにガタガタ揺れとったけど。
 しばらく走ると、大阪と京都の境にトンネルがあるやろ。
そこなんやわ。
トンネルに近付くにつれて、入り口付近、トンネルの左の路肩やわ。
道路の横やがな。
何か白っぽいものが見え始めたんや。
何やろ、と思て見とったんや。
近付くと、薄いピンク色の服を着た髪の長い若い女の人が立っているのが見えたんや。
髪の隙間から、僅かに白っぽい顔がのぞいてたわ。
高速道路に人が立っているのはおかしいなと思ったけど、スピード出てるやろ。
一瞬で通り過ぎたわ。
 トンネルに入って、何やったんやろとバックミラーを見たんや。
うわっ、と思たわ。
来よったんや。
鏡にだんだんとさっきの若い女が、空中を滑りながら追いついて来るんや。
ムチャクチャ、びびったで。
気持ち悪いがな。
車の中、俺、一人やで。
アクセルを思いっきり踏んで逃げたんや。
 そいつ近付いて来るんや。
スピード出てるし、トンネルはカーブしてるし、後ろは気になるし必死やったで。
バックミラーに映っとんにゃ。
髪が風に散らされて、無表情の白いのっぺりした顔が見えたわ。
変なんや。
薄いピンクの服は、接近するに従って真っ赤に変わってたわ。
追いつかれたと思った瞬間、ぶわっと女は車を後ろから前へ突き抜けて行ったんや。
車の中やで。
俺の横を、空気の塊みたいなもんが通過したんや。
 通過したら、そいつは見えなくなった。
前には、もうヘッドライトの明かりだけや。
もう直ぐでトンネルの出口が見えてくるし、早くトンネルから出たかったわ。
ひょっとして、トンネルの出口にいるんとちゃうかと思ったんやけど、無事、出口は通過したわ。
それで、ほっとして、バックミラーでトンネルの出口をチラッと見たんや。
おらんかったわ。
暗いトンネルの出口が見えただけや。
それから、そいつが車の中に乗っとらへんか心配で周りを見たけど大丈夫やったわ。
 その後、引き返すのも気持ち悪いし、京都南インターで高速を降りて、171号線で大阪に戻ったんや。
あれは、その場所に縛られている地縛霊やろな。
帰る途中、171号線から、あの辺がトンネルやったなと高速道路を見上げたとき、一人で夜走るのは当分止めておこかと思たわ。
Zの場合は、家に憑いているから家縛霊ってとこかな。
他にも、電柱に映った影なんて浮遊霊もあるで。
どうや、まいったか。
はい、まだ話をしていない奴、はなし、はなし!
何か経験あるやろ。」



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[ 2007/01/23 18:13 ] 廃墟 | TB(0) | CM(0)

廃墟4 

 Yが私に話を促したので、私は答えた。

「 今までそんな体験が無いからなぁ。
 興味は、あるんだけどな。
 鈍感なのかな。」

そこで、Yが両手をあげて言った。

「 よっしゃ、分かった。
 俺に任せておけ。
 恐怖ネタの一つも無いと女にもてないぜ。
 関西では有名な所があるんや。
 俺もまだ行ったことないし、3人で行こうぜ。
 俺の車で行こうぜ。
 決まり、決まり。
 予定は俺がたてるから、明日連絡するわ。」

 Zは、そりゃそうだ、うん、うんと真面目に頷いた。
私は、興味はあるがとても怖がりでちょっとヤバイかなぁと思ったが、成り行きでOKした。
その宣言を区切りとして、話はバイトの話題に移っていった。


 次の日の夜、Yからメールがあった。

「 3人ともバイトが無い日が、木曜。
 木曜の夜8時に駅前で集合。
 自動車で行くので、差し入れを持って来い。
 ガソリン代は、いらん。
  行き先は、神戸の山手方面にある廃病院。
 元は療養所兼病院だったが、乱脈経営や医療過誤で苦しくなった
 上に、東京の土地投資で失敗して倒産という噂。
 そのまま、ほったらかしである。
 懐中電灯も持って来い。
 Zは、もうOKの返事あり。
 君に、すばらしい出会いがありますように、ひひひ。」

やっぱりヤバイなぁと思った。



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[ 2007/01/23 18:12 ] 廃墟 | TB(0) | CM(0)

廃墟5 

 そして、木曜がやってきた。
夕方、Zを誘って近くのラーメン屋で夕食をとり、その足で一緒に近くのスーパーで買い出しをした。
いろいろ買っていると結構時間がかかった。
時間を気にしながらマンションまでいったん戻り、Zと2人でスーパーの袋を2つぶら下げ、自転車で駅に向かった。
午後8時10分前に駅前に着いて自転車を駐輪場に置いて、バス停のベンチでYが来るのを待った。
そして、Yは10分遅れで、でかいSUV車でやって来た。
 自動車に乗り込み直ぐに出発した。
初めのうちはわいわい話していたが、一時間ほど経つと静かになった。
FMラジオが、70年代のロックを流していた。
窓から見ると、薄い雲が空を覆い、月はうっすらと弱い光だった。
星は見えなかった。
 国道を左に折れしばらく走ると、小さな橋を越えた。
車のライトが、道を照らしている。
雨が降ってくるかなと窓を少し開けたが、湿度の高い生暖かい風が入ってきたので直ぐに閉めた。
車は、がたがたと大きく振動していた。
結構時間が長く感じられた。
 右手に山を見ながら、住宅地を抜けて木々の間の道をしばらく行くと、四角い建物が道と平行に2棟並んでいるのが見えた。
道には面しているが、周りが木に囲まれていて街灯も無い。
建物の黒く四角い輪郭が、薄曇りの空に浮かんでいた。
門は扉も無く車は駐車場にすんなり入った。
 Yが言った。

「 先客がいるようだ。」

病院の駐車場には、2台のワゴン車が並んで停まっていた。
Yは、ワゴン車と少し距離を置き車を停めた。
 車を降りてワゴン車の様子を窺った。
眼が慣れてきたのか、弱い月明かりでも2グループだということが分かる。
白のワゴン車の前には5人の男ばかりのグループがいた。
黒っぽいワゴン車の前には、男3人女3人の6人のグループがいた。
2グループとも大学生風で、害は無さそうだ。
どちらも病院を遠巻きに眺めているだけで、入って行こうとは思っていないようだった。
 Yが言った。

「 ちょっと、挨拶してくるわ。」

Yは、2グループそれぞれに近付いていって何か話をしていた。
私とZは、自動車の所でYが帰って来るのを待った。



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[ 2007/01/23 18:11 ] 廃墟 | TB(0) | CM(0)

廃墟6 

 しばらくして、Yが帰ってきた。

「 心霊スポットか何かを調べて来たらしいで。
 関西では、ここ有名やからなぁ。
 あの2グループは、連れやないわ。
 神戸の別々の大学やわ。
 一緒に行こうと誘ってやったのにな。
 懐中電灯とか持ってきてないから、入るのは危ないとか言ってるわ。
  あかんやろ、準備せえよな〜。
 ま、行きたい奴だけついて来いやちゅうて戻ってきたわ。
 ほんまに、あいつら根性無しな連中やで。
 ほな、行こか。」
 
 Yは、後ろを何回か振り向きながら言った。
Yの顔が、勝ち誇ったようにうれしそうだった。
私とZは、懐中電灯をトランクから出してきた。
 Yが言った。

「 三人で順番、決めるで。
 俺、一番後ろ。
 前と真ん中二人で決めろ。」

Yの言葉でホッとした。
一番後ろは嫌だった。
先頭は二番目に嫌だった。
じゃんけんをして、私が勝って真ん中をキープした。

「 何があっても、逃げるなよな。
 逃げる時は、一緒に逃げる。
 分かったな。」

Yの言葉に頷いた。
 駐車場から、建物の中央にある玄関へ歩いた。
4階建てのコンクリートの建物は、窓ガラスが割れあちこちに黒い染みがついていた。
懐中電灯で照らすと、薄く丸い明かりが壁に映った。
 玄関は、シャッターも無く四角い真っ黒な口を開けていた。
3人で縦に並んで玄関を入った。
中は外よりひんやりしていた。
少し広くなったホールの正面に、長い受け付けのカウンターがあった。
奥には崩れた整理棚が見えた。
足元には木の切れ端やスーパーの袋やごみが散乱していた。
壁にはペンキの落書きがあちこちにあった。
ホールから左右に通路がのびていた。
 Zが左へ曲がり2人はそれに続いた。
通路を少し行くと、右にエレベーターの扉があり閉まっていた。
エレベーターの隣に階段があり、上の階と地下につながっていた。
 Zが階段を上にあがった。
足元のごみをよけながら、後に続いた。
Zは、3階まで上がって通路に出た。
通路を左へ少し行くとナースステーションが見えた。
丁度、1階の受け付けの真上かなと思った。



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[ 2007/01/23 18:10 ] 廃墟 | TB(0) | CM(0)

廃墟7 

 ナースステーションの奥に両開きのドアが見えた。
Yが、入ってみようと言い出した。
私は、もう結構ビビッていたので止めようと言いたかったが、怖がっている事を知られたくなくて肯いた。
先頭のZが、ドアに近付き左のドアをゆっくり開けた。
 Zの動きが止まった。
Zが部屋の中を見ながら言った。

「 誰かいる、そこ・・・。」
「 こら、Z、帰りたいからといって嘘ついたらあかんで!」

Yが、後ろから言った。
私は、足で右の扉をそっと押した。
右のドアがゆっくり開いた。
私は、中を覗き込んだが、室内は暗く何もいないように思った。
でも、Zの体が小刻みに震えている事が私には分かった。

「 いる、こっち見てる・・・。
 怒ってる。
 ハサミが、・・・うわあ、・・・やばいいいいいぃ・・・・ぁああ
 ああ。」

 Zの表情を見た私は、真っ先に階段へ必死で走った。
後ろの通路から、何かを引き摺るような音がしていた。
続いて、Yの叫び声が響いた。

「 逃げろ!!」

 私は、階段を走っていた。
2階の踊り場だったと思う。
後ろから、バタバタと言う足音と共に、Zが私の横を必死の形相で駆け抜けた。

「 うわっ!!」

 私はZと接触し、弾き飛ばされその場で倒れた。
Zは、倒れた私を残してそのまま逃げて行った。
その後ろから、倒れた私を飛び越してYが続いた。
Yは何度も後ろを振り返りながら、不自然な姿勢でノロノロと逃げて行った。
 私は、倒れた拍子に右膝を思い切り階段に打ちつけていた。
膝に激痛が走った。
何かが膝に突き刺さっている気がしたが、置いて行かれた恐怖で私は直ぐに立ち上がって二人の後を追った。
直ぐ後ろを、ハサミを持った看護婦か何かが追いかけてくるようで、パニック状態だった。
私は、もう来ません、ごめんなさい、と謝りながら痛む足を引き摺って走った。
必死で走っている間中、頭の中では追いつかれる追いつかれると小さな呟きが聞こえた。
膝の痛みが頂点だった。
 右膝がガクッと折れ、私は階段の途中に蹲った。
自分の足音が消え、建物は静かになった。
私は暗闇の階段に一人取り残されてしまった。
私は、俯いて謝り続けた。
しばらくして、遠くから足音が近付いてきた。
もうだめだと思った。



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[ 2007/01/23 18:09 ] 廃墟 | TB(0) | CM(0)

廃墟8 

「 起きろ。」

見上げるとZだった。
厳しい表情だった。

「 背中に乗れ、早く!!」

私は、涙が出るほどうれしかった。
Zは、私を背負って走った。
Zが私を突き飛ばした事は、忘れようと思った。

 建物から出て、車に乗って直ぐに病院を後にした。
二つのワゴン車は、もういなかった。
痛む右膝をそっと見ると血が滲んでいた。
助手席に座っていたZが、心配して聞いた。

「 大丈夫か。」
「 血が滲んでるけど、まあ、大丈夫や。」

私の真前に座っているZに、私は感謝していた。
 Yが、帰る途中にコンビニでタオルを濡らし、消毒液を買ってくれた。
タオルで冷やしていると、だんだんと痛みが引いて行った。
私は、真っ先に逃げたことを悔やんでいた。
ただ、気まずいのでさっきのことは、三人とも意識的に話題にするのを避けていた。
 帰り道では、Yは気を使ってにぎやかに話をしていた。
話が途切れると、以前にYに話したことのあるような出身地とか好き嫌いの話まで持ち出した。
何回も、後ろをうかがいながら運転をしていたので事故を起こさないか心配だった。
暗い窓の外を見ながら、もう心霊スポットには行かないと決めた。
窓ガラスには、薄ぼんやりと反射したYの横顔が映っていた。
 駅前に着いて、Yは送ろうかと言ったが、自転車に乗れそうなので私とZは車を降りた。
車が走り去って、生ぬるい空気を吸いながら、Zと2人で暗い道を自転車でノロノロ走ってマンションに帰った。
時計は、もう午前1時に近かった。



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[ 2007/01/23 18:08 ] 廃墟 | TB(0) | CM(0)

廃墟9 

 大学の学生食堂で、Zと昼飯を食べるのは3週間ぶりだ。
先週の心霊イベントからは、連絡も無く10日程経っていた。
意識的に、会うことを3人とも避けていたのかもしれない。
ハンバーグを半分ほど食べて、Zが口を開いた。

「 ごめんな、突き飛ばして。
 必死だったんだ。
 3階の扉を開けたとき、白っぽいものが見えたんだ。
 ポスターか人形だよ、きっと。
 落ち着いているように見せかけていたけど、正直なところビビッて
 いた。
 耳鳴りはするし、まいった。
  おまえを突き飛ばして、必死で玄関から外に飛び出した。
 車まで戻って、後ろを振り返ったんだ。
 黒い建物が見えて、Yが玄関から一人で出てきた。
  僕は、後悔していた。
 一生後悔すると思った。
 僕は、玄関を見ながら大きく息を吸って、握りこぶしを作った。
 下腹に力を入れて一気に玄関に突入した。
 後は、お前も知っている。」
「 いや、謝らなくてええよ。
 真っ先に逃げたのは、誰か知ってるやろ。
 お前たちを見捨てて逃げたんや。
 戻ってきてくれて、感謝してるで。
 恨んでない。」
「 そうか・・・・・・・・。
 ところで、Yは、どうしてる。」
「 いや、顔も見てないしメールも無い。」
「 こっちにも無いし、どうしたんやろ・・・。」
「 いつもならYが、真っ先に助けに行くのに、僕が突入するとき
 迷っていたぞ。
 何でか分かるか。」
「 分からん。
 でも、確かにあいつは、助けに来ると思う。」

しばらく、沈黙が続いた。



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[ 2007/01/23 18:07 ] 廃墟 | TB(0) | CM(0)

廃墟10 

Zが続けた。

「 あの2グループ、建物に入らなくて正解だな。
 帰るとき、もういなかったけど、女の子がいた7人のグループ、神
 戸のどこの大学かな。」
「 6人やろ。」
「 6人は男ばかりの方で、そっちは7人だよ。
 男3人、女4人だよ。」
「 おかしいな、男3人、女3人だったと思うで。」
「 もっとも若い女は3人で、一人は白い服を着た髪の長いおばさん
 というか、もうちょっと年がいっているような婆さんの感じだった。
 暗かったので、はっきりは見えなかったが。
 若い娘には、見張りがいるから親が付いてきたと思った。
  お前が、Yがなかなか帰ってこんなぁて言った時、お前の方をい
 ったん向いて、再度ワゴン車の方を見たらいなくなっていた。
 年寄りだから、ワゴン車に戻ったと思ったけど。」
「 そんな婆さん来るわけないやろ。
 おかしいで。」
「 そやなぁ。
 そのときはそうやろと思たけど。
 おかしいな。」

Zは、変な関西弁で真面目に答え、続けて言った。

「 Yに連絡してみる。
 Yは、ワゴン車に挨拶に行ったから分かる。
 近くで見てるはずだよ。」

Zは、7人にこだわっていた。
Zが携帯をかけたが、つながらないのでメールを入れ、返事待ちになった。
そして、昼飯を食べ終わって、それぞれの授業にわかれた。


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[ 2007/01/23 18:06 ] 廃墟 | TB(0) | CM(0)

廃墟11 

 午後5時頃、Zからメールが届いた。

「 7人の返事がYから来たぞ。
 今日の夜8時半、Yのマンションに集合だ。
 僕も、バイトが終わったら間に合うように直ぐ行く。
 差し入れ持って来い、僕の勝ちだ。」

メールには、勝ち誇ったようにニコニコ絵文字が、入っていた。
勝負した覚えは無いが、まあいいかと思って、OKの返事を返した。
 またまた、スーパーで買い出しをして袋を二つ自転車にぶら下げ、午後8時頃、駅と反対側にあるYのマンションに向かった。
駅を通過したとき、自転車に乗ったZとばったり会って、そのまま一緒に行くことになった。
自転車に乗った2人の格好が、あの時とよく似ているなと思った。
 マンションに着いて、チャイムを鳴らすとYがニコニコして出迎えてくれた。
心なしか疲れたような顔をしていたが、バイトが忙しいからかなと思った。

「 やあ、やあ、差し入れ、ありがとさんさんごくろうさん。
 さあ、入って入って。」

床に小さいテーブルと、その周りに座布団が3つ置いてあった。
真ん中に、おつまみをひろげて缶ビールで乾杯。
久しぶりに見るYに私は、ホッとした。



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[ 2007/01/23 18:05 ] 廃墟 | TB(0) | CM(0)

廃墟12 

 近くで見るYは、以前よりやつれて見えた。
頬がこけて顔色が悪い。
しかし、喋りは絶好調、Yは喋りだした。

「 昼はバイトで、夜はデートで忙しい、忙しい。
 なかなか連絡できんで、すまんかった。
 2人も突然バイトやめよって、そいつらの分も時間余計に働いとっ
 たんや。」

 Yは、バイトに来ている女の子がどんなに変な奴かを思いっきり話してくれた。
オモロかった。
Zも同じようにバイトの失敗談を話して爆笑させてくれた。
私は、酔っ払ったオカマとヤンキーの喧嘩の話をして対抗した。
ビールの栓をシュポシュポ抜いて、空き缶がいっぱい転がっていた。
酒が、かなりまわってきて、みんな機嫌がいい。
いい酒だ。
 しばらくして、Yが言った。

「 今、付き合ってる子、めちゃかわいいで。
 お前らも知ってると思うけど。」

私とZは、顔を見合わせて、そして言った。

「 知らんで。
 この前、別れた女の子なら知ってるけど。
 今、誰と付き合ってんねん?」
「 僕も知らんで、同じ大学の子か?」
「 へへへへへ、教えたろか。
 この前、一緒に車に乗ってきた子や。
 まさか、付き合ってるとは思わんかったやろ。」

私もZも、分からなくなった。



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[ 2007/01/23 18:04 ] 廃墟 | TB(0) | CM(0)

廃墟13 

 私がYに聞いた。

「 この前て、何時やねん?」
「 夜に潰れた病院に行った時に、決まってるやろ!!」
「 どいつやねん。」
「 白いTシャツにジーンズはいた、髪の長いかわいい女の子やん
 け。」
「 何処におったんや。」
「 お前ら、メールで今日聞いてきた7人のグループやんけ。」
「 おかしいで、白い服を着た若い女の子なんていいひんで、3人と
 も色ついてたで。」
「 若い女の子は、3人とも色がついていたと思うけど、・・・・。
 婆さんが白い服だったけど、・・・・・。」
「 お前ら、おかしいんちゃうか。
 俺が、2つのグループに挨拶に行ったやろ。
 俺、7人の方にめっちゃかわいい子がおるの見つけてん。
 一緒に行こうと誘ったらついてきよった。
 やった〜、思たで。
 何言うとんじゃ。
 婆さんとちゃうで。
 あほか、お前は。
 ずーっと一緒やったやんけ。」
「 何時からやねん。」
「 病院入る前からやんけ。
 お前ら2人前を歩いて、俺の後ろをその子はついてきとったやろ。」
「 それで一番後ろに行ったんか。」
「 決まってるやろ。
 ずっと後ろにその子おったんや。
 お前ら3階で逃げ出した後、気い使いながら、その子を病院の外に
 連れて行ったんや。
 途中、倒れとる奴おったけどな。
 その子を車まで送って、Zに面倒見させておいて、助けに行ったろ
 と思とったんや。
 女の子を先に助けてやるのは、あたりまえやろ。
  病院出て、車に行く途中でZとすれ違ったんや。
 こいつ、厳しい顔して、全速力で走っとったで。
 女の子を車の後ろに乗せて、助けに行こかと思たけど、Zは行って
 しもたから女の子一人にしておけないし、お前はZに任せたんや。
 Zが、お前を背負って病院から出てきて直ぐに出発した。」



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[ 2007/01/23 18:03 ] 廃墟 | TB(0) | CM(0)

廃墟14 

「 それで女の子は、何処におったんや。」
「 運転している俺の真後ろに決まってるやろ。
 俺は運転、Zは助手席、お前はZの真後ろ。
 残った席は、お前の横しか無いやろ。
 俺は、場を持たせようといろいろ喋ったやろ。
 出身とか好き嫌いとか。」

私とZは、顔を見合わせた。
そして、言った。

「 そんな奴、い〜ひんで。」
「 僕も、見てない。」
「 お前ら、口裏あわせて俺を騙そうと思てるな。
 今日、昼飯食った時、考えたんやろ。」
「 違うって、ほんまやで。」
「 僕は、嘘を言ってないです。」

Zが、真面目にきっぱり言った。
私は、そんな子が横にいたのかと思うと、酔いがす〜っと醒めていくのがわかった。
Yは、Zの言葉でダメージを受けた。

「 ほんとに、お前ら知らんのか?」

私とZは、Yを見つめた。



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[ 2007/01/23 18:02 ] 廃墟 | TB(0) |