扉1 

   扉                           
 

 そろそろ店を出て帰ろうかと思ったとき、Yは話し出した。

「 大学のゼミが終わったあとよく喫茶店に行ったよな。
4回生の最後のゼミの後も3人で行っただろ。
あの時、喫茶店を出た後で、俺だけ喫茶店に戻ったこと覚えているかい。」
 
 そういえばそんなことあったような気がする。
当時、ゼミの教授の鋭い攻撃に3人は毎週金曜日3時30分には、疲れきった顔をしていた。
1週間に1度のゼミが終わると、言葉を出す気力もなく、駅に行く途中にある喫茶店に向かった。
 喫茶店は、古風な感じで中は広くテーブルが20席ほど、奥にカウンターがあり、ダークブラウンに統一されていて少し薄暗く落ち着いた雰囲気だった。
時間帯によるかもしれないが、何故か客はいつも少なくマスターひとりで切り盛りしていた。
それでも、大学が近いせいか、稀に学校で見たことのある顔も目撃している。
いつも3人は、壁際のテーブル席に着き1時間ほど時間をとった。
そして、教授からそれぞれが投げつけられた脳に突き刺さる言葉の数々を出し合って笑いあっていた。
 最後のゼミは12月の半ばだったと思う。
3人はそれぞれ就職して地方に散らばった。
今日は、たまたま地元に3人とも帰っていたので連絡を取り合って、駅前の店で当時の出来事を肴にテーブルを囲み、酒を飲んでいた。
あれからもう5年は経っていた。



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[ 2006/12/28 17:55 ] | TB(0) | CM(0)

扉2 

 Yは、相談したいことがあると言って話を続けた。

「 あの日は、俺がゼミの発表日で、前日は徹夜に近い状態で最悪だった。
朝から少し熱っぽくて調子がすごく悪かったんだ。
ゼミも堪えたし、喫茶店に行く途中の道の冷たい風も酷かった。
早く帰った方がいいだろうなとは思ったけれど、発散させないと余計酷くなるかもしれないなとも思えたので行ったんだ。」

 確かにそうだった。
いつものゼミでは、Yは論理の切り返しがうまく、教授の鋭い質問を受け止めながら、徐々に他の話題に話を移して行く技術を持っていた。
私は、考えている振りをして批評家の位置をキープしていたし、もう一人のMは、反応が微妙にずれていて面白いので、かわいそうに教授の餌を担っていた。
 当日のYは、何時もと違って酷かった。
質問に何回も立ち往生した。
Yがこんなに不調なのは二回目だった。
前回の時は、理由は聞かなかったが風邪ではなかったと思う。
おかげで私に質問が回ってくるし、それを何とかクリンチで凌ぎ、Mに順に回していた。
Mなんて一言言葉を発するごとに、教授の真っ赤な口から繰り出されるパンチに右に左に揺れていた。



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[ 2006/12/28 17:54 ] | TB(0) | CM(0)

扉3 

 Yは、当日の出来事を語り出した。

「 喫茶店に入って壁際のテーブル席に座り、3人ともコーヒーを注文して、Mはチーズケーキを追加した。
俺は、テーブルの灰皿からブルーマウンテンと言う店名の入ったマッチを擦ってタバコに火を点けた。
音楽は、アルビノーニのアダージョが、低く流れていた。
そして、何時ものように教授ネタを出し合った。
 30分ほどして、俺は腹の具合が悪くなりトイレに行った。
あそこのトイレは、窓がなくって電灯も暗く、入り口のドアを閉めると外の音が遮断され、急に夜になったような感じがする。
入り口から真っ直ぐ通路があり、右手に黒い扉が順に2つ、奥に向かって並んでいた。
 俺は、2つある個室のうち手前の方に入った。
俺は、扉の方を向いて洋式トイレに座り、扉に書き込まれた落書きをぼんやり眺めていた。
しばらくして、入り口のドアが開き、引き摺るような足音が左から右へ通過し、奥の方の個室に誰かが入った。
それから少しして、風邪のせいか足元から悪寒が襲ってきて、俺は小さな声で呟いたんだ。

『 寒いなぁー。』

そうすると、奥の個室から声が返ってきた。

『 やー、久しぶり。』

 若い男の声だった。
誰だか分からなかった。
同級生かな・・・・・・。
似たような声の奴が居たような気もしたけれど、俺は、有り得ないと思った。
このまま返事をしないのも気まずいので、まあ、いいかと思って返事をすることにした。

『 久しぶりやなぁ。』

少し沈黙があった。
そして、隣から声が聞こえて俺は答えた。

『 青山さおりどうしてる?』
『 K病院に入院してる。』



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[ 2006/12/28 17:53 ] | TB(0) | CM(0)

扉4 

 奥の個室の人物の声が小さく低くなった。

『 後で携帯掛け直すわ。』
『 ・・・・・・・・・・。』

少し間を置いて、カサカサという音がして、右側の間仕切り壁近くから声が聞こえた。
薄い板の壁にべったり口をつけて言ったんだ。

『 見つけたぞ・・・・・・・・。』

低い呻きともとれる声が、今も耳に残っている。
 俺は、トイレから逃げ出した。
俺はその時、何のことか分からなかった。
青山さおりは、同じ高校の一つ下だった。
美人というより、可愛い子だった。
好きだった奴も結構いたと思う。
俺もその内の一人だった。
大学に入ってから何回か電話を掛けたことがある。
俺は相手にされなかったが、どうしているか何時も気になっていた。
俺たちが四回生だった年の秋頃に、入院したということは知っていた。
 とにかく、俺は、その時早く喫茶店を出たかった。
でも、お前たち、話し盛り上がってたし、言いづらくってな。
席に戻って、初めはビクついていたが、だんだん気持ちが落ち着いてきた。
店にいた数人の客は全て出て行った。
店はマスターと俺たちだけだ。
俺は何も悪いことしてなかったし、3人なら勝てる。
そして、どんな奴が出てくるか、トイレの方を見ていたんだ。


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[ 2006/12/28 17:52 ] | TB(0) | CM(0)

扉5 

 ところが、出てこないんだ。
そいつは、トイレから出てこないんだ。
かなりの時間が経っていた。
俺は、トイレを注意してずっと見ていた・・・・・。
 話が出尽くし、そろそろ帰ろうかとなって3人別々に会計をした。
お前たち2人は、順にコーヒー代を支払い喫茶店を先に出ただろ。
その後、俺は、レジを打っているマスターに聞いたんだ。

『 わたしが、トイレに行ったの覚えていますか?』
『 覚えてますよ。』
『 わたしの後で入って来た人、覚えてますか?』
『 いえ、誰も入って行かなかったと思いますが・・・・・。
 カウンターが私の定位置ですし、その奥がトイレだから・・・・。』
『 そうですか・・・・。』

 俺は、コーヒー代を払って店を出た。
店を出て、お前たちと数歩あるいた。
しかし、どうしても気になって、忘れ物をしたことにして、お前たちを先に帰し、俺は喫茶店に引き返したんだ。
店に戻る話をお前たちにしている間も、俺は店の方を注意していた。
俺たちの後、誰も店から出て来ていない。



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[ 2006/12/28 17:51 ] | TB(0) | CM(0)

扉6 

 俺は、喫茶店の扉の前で一呼吸した。
そして、扉を開け店の中を注意深く見回した。
客は誰も居なかった。
音楽だけが、流れていた。
奥のカウンターから、マスターがこちらを見た。

『 店から外に出たら急に腹の具合が悪くなったので、
すみませんが、トイレを貸してください。』

マスターの了解を得る前に、トイレに進んだ。

『 奥の方は、水道が壊れているので使っちゃだめですよ。』
『 えっ、何時から?』
『 先週から、閉鎖です。』

 マスターが、俺の顔をチラッと見た。
俺は構わずトイレに入った。
トイレの入り口の扉が、俺の後ろで閉まった。
暗くなって、音楽が消えた。
何処かで、モーターの回転音が、低く微かに響いていた。
 俺は、ゆっくりと進んだ。
手前の個室の半開きの扉から中をそっと覗いた。
人がいそうな気配はない。
奥の個室のドアの前に進んだ。
黒い扉は、閉まっていた。
染みがついた閉鎖の張り紙が、扉と柱にまたがって貼ってあった。
俺は、扉に右の手のひらをあてた。
・・・・・・・・・・・・・・・
俺は、何故か迷っていた。」 



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[ 2006/12/28 17:50 ] | TB(0) | CM(0)

扉7 

 時間が流れて行く。
私は、注意深く次の言葉を待った。
しかし、Yの言葉は止まってしまった。
そして、私は向かい合って座っているYの視線が、私を通り越していることに気付いた。
Yは、右腕の肘をテーブルにつき、右手を口に当て、向かい合っている私の肩越しに、私の左後ろを注視していた。
右手が小刻みに震えている。
表情が、強張っている。
 私は、振り返って左真後ろを見た。
ひとテーブル挟んで、向こうの壁に黒い縁取りの鏡があった。
鏡には振り返った私とYの顔が映っていた。
気まずい雰囲気と沈黙が続いた。
そして、Mが取り繕って言った。

「 もう、遅いので、今日はお開きにしましょう。
まあ、続きはこの次ということで・・・。」

 3人は、黙って席を立った。
勘定を済ませて飲み屋の前でYと別れた。
Yは、黙ったままだった。
 私とMは、家が同じ方角なので、線路沿いの暗い道を2人並んで歩いた。
無言のまま、薄暗い街灯を何個か通り過ぎた。
酔いが醒め、寒い風に体が冷え始めていた。
Mが私に言った。

「 Yは、また、仕事を変わったらしいよ。
今まで、何回も仕事を変わっているよな。
能力のある奴は、より高い物を求めるんだろうな。」

 私は、違うと思ったが反論しないでおいた。
そして、頭の中でYの話を反芻していた。
少し間を置いて、Mは私の顔を見ながら言った。

「 あの喫茶店、昔、青山さおりの兄がやってたんだよ。」
「 えっ。」

私は立ち止まった。

「 青山は、友達だった。
当時、妹にしつこく掛かって来る電話の主を探していた。
誘き出そうとした時、轢き逃げに遭って死んでしまった。
目撃者も無くて、犯人は分からない。
喫茶店も直ぐに人手に渡った。」

Mは、チラッと私の眼を見てから視線を逸らし話を続けた。

「 妹は気を病んで入院したよ。
自分を責めたんだろうな。」

私は、それだけではないことを知っていたが頷いておいた。
Mはそれ以上何も言わなかった。
 私とMは、再び無言で道を歩き始めた。
そして、私は暗い道を歩きながら、先週、青山さおりが泣きながら私に投げつけた最後の言葉の意味を考えていた。
Mと別れるときに思った。
黒い扉が開こうとしている。


完了

読んで頂き有難うございました。


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[ 2006/12/28 17:49 ] | TB(0) | CM(0)

つぼつぼ7日記4 

 湿った階段、上に登る事を途中で止めたのですが、そのまま登って行ったら、何処に出たでしょうか。
少し意味の違った天国って所かな。

ハードロックの雄“Led Zeppelin”の名曲「Stairway to Heaven」で思い出しました。
昔、このグループを赤い飛行船と日本語訳をしたアホゥ〜がおりました。
そいつは、“そりゃ、Redやろ〜”、と突っ込みをすかさず入れられて、団体規模で笑われておりました、ハハハ。
(本人は、意味が分からずキョトンとしておりましたが。)

もっとも、この階段、地下にも続いているのですが、こっちの方に降りてみたい気がします。
ただでは、すまないだろうな、とは思いますが、・・・。


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[ 2006/12/16 23:47 ] つぼつぼ7日記 | TB(0) | CM(0)

つぼつぼ7日記3 

 FC2ブログのブログランキングに、今日、入りました。
設定すると、自動的に入るものと思っていました。
申し込まないと駄目なんですね、ははは・・・。


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[ 2006/12/12 22:18 ] つぼつぼ7日記 | TB(0) | CM(0)

つぼつぼ7日記2 

 テンプレートを再設定してみました。
ひねくり回して、これかな!
文字色、大きさ、ごちょごちょ、変更。
コーヒーを飲みながら。
やはり、モカは、うまい。
明日から、湿った階段4へ進みます。

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[ 2006/12/10 22:31 ] つぼつぼ7日記 | TB(0) | CM(0)

つぼつぼ7日記1 

 12月6日にFC2ブログで、奇妙な物語を始めました。
今日は、ブログランキングにボコボコ申し込みました。
誰か、読みに来るかなっ!



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[ 2006/12/09 00:26 ] つぼつぼ7日記 | TB(0) | CM(0)

湿った階段1 

 湿った階段



「 変だね、おかしいよね、ははは。」と、あいつは笑ったのです。
私は、今でもあいつの歪んだ笑顔を思い浮かべる事ができます。」

 今から、15年ほど前の事です。
私は、当時N市に住んでいました。
今でこそ、大きな町になりましたが昔は人も少なく商店街も駅前のしょぼくれたものしかありませんでした。
だから、遊びや買い物には、電車で二駅離れたT市に行かなければなりませんでした。
T市の駅前は,人通りも多く、デパートや映画館やゲームセンターがある大きな繁華街でした。
色々な専門店があちこちのビルに入り、駅を中心に地下道や二階、三階も陸橋で結ばれていました。
 当時、小学校6年生だった私には、何時も良く遊ぶ友達が三人いました。
一人は、生まれた病院も同じで、隣同士の保育器にいたA、もう一人は幼稚園からの友達B。
二人は、幼稚園から小学校まで同じクラスになったり、クラスが離れたりしていましたが、良く遊んでいました。
あと一人は、小学校の五年の時にT市から引っ越してきたCです。
学校が終わってから、持ち回りでそれぞれの家を遊んでまわるのが楽しみでした。


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[ 2006/12/06 00:12 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段2 

 あれは11月25日だったと思います。
Cの家でトランプをやっている時、映画の好きなBが言いました。

「 今度、ロッキーが来るから見に行かないか?」
「 何それ?」
「 ボクシングの映画だよ。
すごく、面白い映画だから見に行こうよ。
T市の駅前をちょっと行った所にある映画館で上映されるんだよ。」

CがBに言いました。

「 その映画館知ってるよ。
何回か行った事があるよ。」
「 それじゃ、案内してくれよ。」
「 いいよ。」
「 何時、行く?」
「 次の土曜日は?」

Aが言いました。

「 俺、都合が悪いや。
土曜日は、塾の日だ。
でも、映画が終わる頃は、塾も終わるからその後合流して、一緒に遊べるぞ。」
「 そうしよう。」

Aは、私立中学受験の為にT市にある進学塾に通っていました。
Aが一緒に来られないのは残念でしたが、私とBとCの三人は、一緒に映画を見る事になりました。



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[ 2006/12/06 00:11 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段3 

 そして、11月28日の土曜日がやってきました。
土曜日は、雨が降っていました。
私たち三人は、N市の駅で集合しT市に電車で行きました。
 T市について、雨がひどくなってきて、三人とも傘をさして映画館への歩道を歩きました。
風も出てきて街路樹の枝が揺れていました。
吹き降っている雨に、濡れた服が体に引っ付いて気持ち悪かった事を覚えています。
 映画館の中は、混んでいました。
座って見たいので、次の上映開始まで待つ事にしました。
三人で、ポップコーンやジュースを買い込んで準備しました。
映画が終わり近くになって、暗い会場に入って眼を慣れさせ、通路で席を確保するためきょろきょろしていました。
そして、うまく三人並んで席が取れました。
後ろから四列目で、通路からC,私、Bの順で座りました。
 映画が始まりました。
結構面白い映画で熱心に見ていたんですが、映画が始まって一時間ほど経って、ジュースの飲みすぎなのか、私はトイレに行きたくなりました。
Cの前を通過して、暗い会場から外に出ました。
 映画館の通路には人影はありません。
さっきまで入れ替えを待っていた人が、通路にたくさんいて騒がしかったのに、今は人が誰もいなくなって静かでした。
何か静か過ぎて変だなと思ったのですが、とにかくトイレに行きたかったので雨に濡れた靴跡のある通路を急ぎました。
 トイレのドアを開けて、用を足したのですが、奥にある個室が気になって仕方がありません。
何故かは分からないんですが、一番奥にある個室が、すごく気になったのです。
でも、奥には行きませんでした。
映画が進んでいるので、そちらの方が優先です。
奥の方をちら、ちら見ながら、手を洗ってトイレを出ました。
誰もいない通路を通って会場に入りました。
そして、私は、席に戻りました。



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[ 2006/12/06 00:10 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段4 

 少し間を置いて、Cがトイレに行くと言い出しました。
今日の朝から下痢ぎみで、ジュースとポップコーンが効いてきたんだと言ってました。
Cは、トイレに行きました。
私とBは、映画に夢中でした。
しばらくして、Cが帰ってきて椅子に座るのが目の端に見えました。
Cの方を見なかったのですが、この時すでにCの身に何かが起こっていたのかもしれません。
 映画を見終わって、客が通路にぞろぞろ出て行きました。
私たちもその中に混じって通路に出ました。
通路は人で一杯で騒がしく、さっきトイレに行った時とは違っていました。
感情移入の激しいBは、傘を脇に抱えてボクシングの格好をしていました。
私は、ロッキーのテーマ曲を鼻歌で歌っていました。
でも、Cは浮かれている二人の後ろからだまってついてきていました。
それに気がついたBは、Cに話しかけました。

「 すげー映画だったな。
 ロッキーが、勝っちゃえばよかったのに。」
「 そうだね、その方がよかったね。」
「 でも、勝たないほうが、続きが出そうだぜ。
 そうだよ、絶対出るよ。」

Bが興奮している分だけ、Cの静かな対応が気になりました。



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[ 2006/12/06 00:09 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段5 

 映画館を出ようとすると、雨がひどく降ってきました。
私は、来た時のことを思い出して言いました。

「 濡れるの嫌だなあ。
 来たとき、服が濡れて体に張り付いて気持ち悪かったし。」

その時、Cが言いました。

「 僕、近道知ってるよ。
 ビルの中を抜けていけば濡れなくてすむよ。」

 私とBは、CはT市から引越ししてきたから、当然地理には詳しいと思いました。
上の方を見ると、三階に屋根の付いた連絡通路が駅の方に繋がっています。
映画館の隣にブティックとかコーヒーカップとか売っている店が入っている雑居ビルがありました。
私たち三人は、Cを先頭にそのビルに入ったのです。
 通路をまっすぐ進んで、角を二回ほど左右に曲がって、またどんどん歩いて右に曲がった所に防火扉がありました。
たくさん歩いた気がしたので、結構広いビルだと思いました。

「 ここだよ。」

 Cが防火扉を押し開けて中に入りました。
私とBも続けて入りました。
三人が中に入ると、防火扉が後ろで隙間を少し開けて閉まりました。
人の声やざわめきが僅かに聞こえる程度になりました。
ほぼ正方形の空間に、地下に続く薄暗い階段と上へ続く階段が蛍光燈に照らされて見えました。
四角く閉じられた空間は、息苦しく感じました。



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[ 2006/12/06 00:08 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段6 

Cが言いました。

「 三階まで行けば、隣のビルへの連絡通路があるよ。」

 Cは、言い終わると階段を上がりました。
私とBも続いて階段を上がりました。
二階も一階と同じような扉があって閉まっていました。
その扉は触りませんでしたが、開ければ一階と同じように、二階の店舗の並んでいる通路に出られると思いました。
静かな空間に、三人の階段を上がる足音が響いていました。
 三階まで上がると、扉がありました。
Cが、扉を押し開けようとしました。

「 あれ、開かないね。」

次にBが、扉の取っ手をガチャガチャと押したり引いたりしましたが開きません。
私もやってみたのですが、鍵がかかっているのか開きませんでした。
Cが言いました。

「 四階まで上がって降りてくれば行けるよ。」

Cは言い終ると階段を上がりました。
私とBも続いて階段を上がりました。
 四階まで上がると、扉がありました。
Cが、扉を押し開けようとしました。

「 あれ、開かないね。」

また、Bが、扉の取っ手をガチャガチャと押したり引いたりしましたが開きません。
私もやってみたのですが、鍵がかかっているのか開きませんでした。



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[ 2006/12/06 00:07 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段7 

 Bが興奮して、Cに言いました。

「 こうなったら、意地でも開いている所を見付けてやる。
 上に行こう。」
「 そうだね。」

 また、Cを先頭に階段を上がりました。
五階、六階も扉は開きませんでした。
私は不安になってきて、二人に言いました。

「 降りた方がいいんじゃないかなあ。」
「 行こうぜ、折角ここまで来たのに。
 もっと、上に扉が開く階が絶対あるぜ。」
「 そうだね。」

 また、Cを先頭に階段を上がり始めました。
七階、八階、九階、Cは黙ってどんどん上がります。
Bは、各階の扉の取っ手を一瞬引っ張って開くかどうか確認しました。
 私は、CとBの後ろから息を切らせてついていきました。
階段は、まだまだ続いています。
私は、階段に蛍光灯はあるのですが、上に行くに従って心持ち暗く、また、湿っぽくなってきたような気がしていました。
それに、ずっと階段を上がってきたので汗をかき、首筋に気持ち悪さも感じていました。


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[ 2006/12/06 00:06 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段8 

 私は、恐くなってCに向かって言いました。

「 もう降りようよ。
 変だよ。」
「 変かな、ははは。」

Cは、こちらを向くことも無く答えました。
私は、笑われたことに、むっとしてCに言いました。

「 なんだい、笑って。
 変だよ、こんなの。
 おかしいよ。
 降りようよ。
 もう、かなり上がったよ。」

 Cは、私の言うことを無視して、また階段を昇り始めました。
そして、私とBに背を向けたまま言いました。

「 大丈夫だよ、ははは。」

Cの声が少し変わっていました。
Bは、立ち止まってCを見上げて言いました。

「 おい、C、お前、声、変だよ。」

 Cは、Bの声で立ち止まりました。
そのとき、Cの体の輪郭がぼやけ始めている事に気がつきました。
Cが、ゆっくりと振り返りました。

「 そうかな、変かな。
 ははは、そうだね、変だね、おかしいよね、はははは。」

Cの青白い顔が歪んでいました。
私とBは、大声で叫びました。

「 うわあー。」



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[ 2006/12/06 00:05 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段9 

 私は傘を放り出して、階段を必死で駆け下りました。
Bも必死でついてきました。
もう、何処の階だか分かりません。
階段を駆け下りる足音が大きく響いていました。
 Cが追いかけてきている気がして二人とも必死でした。
私は、後ろからCに掴まれるんじゃないかという恐怖心から、涙を流していました。
Bも同じ気持ちだったと思います。
ぐるぐる階段をまわって駆け下りました。
そして、少し隙間の開いている扉を見つけました。
その僅かに明かりが漏れている扉を押し開いて、階段の外に出ました。
そこは、一階でした。
通路を思いっきり走って、そのままビルを飛び出しました。
私とBは、雨の中を駅に向かって走りました。
 駅には、塾から帰ってきたAが待っていました。

「 何、走ってんだよ。
 傘をさせよ、ビチャビチャに濡れているぜ。
 あれっ、Cはいないけど、どうしたんだ。」

私とBは、雨のあたらない駅のベンチに座って、Aに今までの経緯を話しました。
話しているうちに、段々と落ち着いてきました。
Aは、言いました。

「 とにかく、そのビルに行ってみよう。
 Cを探さなきゃ。」

 私たち三人は、映画館の隣のビルに向かって、暗くなり始めた歩道を歩きました。
冷たく降っている雨は、Bの傘に入っている私の肩を濡らしていました。
Aが、自分の傘をクルクル回しながら、私に言いました。

「 その映画館のトイレも怪しいな。」
「 うん、変な感じだった。」
「 そこで、Cに何かあったんじゃないか。
 映画館のトイレから戻って来るまでは、普段と変わらなかったんだろ。」
「 そう思うんだけど、僕もBも映画に夢中でCを良く見てなかったんだよ。」



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[ 2006/12/06 00:04 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段10 

 話しているうちに、映画館の隣のビルにつきました。
ビルを見上げると四階か五階ぐらいの高さしかありません。
もう一つ奥のビルは、手前のビルよりも高いのですが、10階以上あるとは思えませんでした。
三人で、ビルの中に入りました。
通路を真っ直ぐ歩いて左に曲がると、すぐに階段が見えました。
Bが、私に言いました。

「 あれっ、こんなに近くに階段があったっけ?」
「 いや、無かった。
 もっと、いっぱい曲がって、どんどん歩いたよ。
 おかしいなあ。」

 私たち三人は、一階の通路をぐるぐる歩き回りましたが、階段は先程のものが一つだけで、防火扉のある階段を見つける事はできませんでした。
階段を上がると、二階の連絡通路が見えています。
三階に上がると、三階の連絡通路が見えています。
さらに、階段を上がると、四階には会社の事務所があって、階段は終わっていました。
 次に、ビルを出て映画館に行きました。
入場券を売っているおばさんに、忘れ物をしたと言って私だけ映画館に入れてもらいました。
すぐにトイレを探したのですが誰もいませんでした。
トイレは明るく、前に入った時と感じが違っていました。
会場の中は映画が上映されていて暗く、人もいっぱいでCが居るかどうか分かりませんでした。
映画館の入り口に待っていた二人に、Cが見つからなかった事を報告しました。
 もう、手のつけようが無いので三人でT市の駅まで戻りました。
駅前に交番があったので、警察の人に相談したのですが、階段の話をした途端、相手をしてくれなくなりました。



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[ 2006/12/06 00:03 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段11 

 しかたがないので、電車に乗ってN市まで帰ってきました。
もう日が暮れて暗くなっていました。
三人とも、ひょっとしたら、Cは先に家に帰っているかもしれないと都合の良いように思い込もうとしていました。
それで、三人でCの家に寄ってから帰る事にしたのです。
Cの家についてチャイムを鳴らすと、Cの母親が出てきました。

「 あっ、三人とも帰ってきた。
さっき、T市の駅前の交番から電話があって、見つかったわ。
心配かけたみたいだけど、大丈夫よ。」

私は、Cの母親に聞きました。

「 Cは、何処に居たんですか?」
「 ええ、映画館の一番前の席にいたらしいわ。
あなたたちが相談した警察の人が、念のため映画館を調べたらしいの。
そしたら、一番前の席にぐったりして座っているのが見つかったの。
怪我とかしてないんだけど、意識が朦朧としているらしいから、T市の病院で検査をしているの。
お父さんに、行ってもらったから、大丈夫よ。
わざわざ、来てくれてありがとね。」

 私たちは、少し安心しました。
でも、階段の出来事は話しませんでした。
とにかく、Cが見つかって三人ともほっとしました。
Cは、検査だけで直ぐに学校に行けると母親からきいて、それなら学校に来てから詳しい話しが聞けるという事で、みんな家に帰りました。
でも、何日たっても、Cは学校に出てきませんでした。
おかしいな、と三人で話しをしていたのですが、結局、先生から急な父親の転勤で他県に引越しして行った事を知りました。


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[ 2006/12/06 00:02 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)
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