家翳1 

   家翳


 Kさんと始めて会ったのは、ある研究会でした。
私は、演壇で研究内容の発表をしている時、話には集中していましたが、何か視線を感じていました。
たくさんの人が会場にいた訳ですが、漠然と強い視線を感じます。
私は、誰かが私の話以上の何かに興味を持っている感じがして、会場のひな壇をそれとなく見回しました。
 ひな壇には、配られた要綱に眼を通している人やボールペンでメモをとっている人がたくさんいました。
もちろん、座ってじっとこちらを見ている人はたくさんいます。
その中で、私は、ひな壇の中段の上、正面から少し右で話を聞いている30才台の男性をとらえました。
 私は、この人だと思いました。
何故、この人かと言われると、この人だとしか言いようが無いのです。
私は、この人とは初対面であったし、何処の誰かも分かりませんでした。
だから、相手も初対面だし、私の話以上の何かに興味を持っている感じというのは私の思い過ごしであろうと結論づけました。
そして、その視線は、私の話の内容に強く疑問を感じているものなんだろうと思いました。
まあ、質問の時間もあるし、疑問があればその時間にするだろうということで私は話を続けました。
 どんな質問をされるのか少し不安を感じていたのは事実です。
しかし、私が話を終えて、司会が、質問の時間を取りましたが、その人は特に手を挙げることはしませんでした。
私は自分の持ち時間を終えて、ひな壇を見る事も無しに、控えの部屋に戻りました。
研究会の時間はどんどん過ぎ、他の人の話も次々終わり会は散会となりました。




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[ 2007/11/01 00:18 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳2 

 研究会の後、同分野の人との交流会である懇親会があります。
私は、友人のYさんと懇親会の会場に移動しました。
懇親会の会場に入ると、直ぐに先ほどの視線の主に目が行きました。
でも、テーブルが離れていたので直ぐには話をしませんでした。
それに、この時は、もう、先ほど感じた視線を感じることもなくなっていました。
私は、このことにホッとして席に着きました。
 懇親会が始まり、しばらくして座がバラけ、視線の主は友人を連れて私の所にやってきました。
私は、隣に座っているYさんと視線の主を迎えました。

「 私、Kと言います。
 今日の話、興味を持って聞かせていただきました。」

近くで見ると、Kさんは気の良さそうな人であることが分かりました。
友人のTさんも素朴な人だなと思いました。
 私とYさんは、Kさん、Tさんを加えて、四人でしばらく話をしました。
言葉のイントネーションが微妙に違うので、何処から来られましたかと聞くと、二人とも日本海側のかなり田舎に住んでるんですと言って笑いました。
確かに、場所は、ちょっと不便かなと思いました。
 JRの駅からはかなり距離があるし、自動車が無いと生活できないと言う話も二人がしてくれました。
話をしていると、二人の素朴さが滲み出てくるのが分かりました。
関西人である私たちとは異質なものです。
私は、このとき少しKさんを、面白いかなと思いました。
それでも、会って数時間だし、それほど打ち解けるまでも行かないうちに懇親会が終了して、二人は駅前のビジネスホテルに泊まり、私とYさんは夜のJRでその日に帰りました。



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[ 2007/10/31 18:58 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳3 

 研究会は、毎年、夏に開かれています。
場所は、毎年変わります。
次の年は、一泊しないと行けない所でした。
私とYさんは、泊まる所を何処にしようかと相談しなければいけないなと思っている所に突然、Kさんから電話が入りました。

「 去年は、有難うございました。」
「 いえ、こちらこそ有難うございました。」
「 今年も、研究会に行かれますか?」
「 そうしようと思っていますが。」
「 そうですか。
 今年の研究会は、N市ですね。
 Tさんとも相談したのですが、そちらからだと一泊しなければ来れな
 いですね。
 私たちも泊まらないとダメな距離なので一泊しようと思っているんで
 すが、どうでしょうか、宜しければ、N市の近くに温泉付きの旅館が
 あるのですが、一緒に泊まりませんか?
 他に、もう決まっているのならいいのですが。」
「 それは、ありがたいです。
 まだ決まっていないので・・・。」
「 そえじゃ、予約します。
 この前のYさんもご一緒ですか?」
「 ええ、二人で行こうと思っています。」
「 じゃ、Tさんも来ますので、合計四人分予約しておきます。」
「 有難うございます。」
「 また、連絡します。」
「 はい。」

 電話は切れました。
私は、旅館の手配をしなくてよくなってラッキーと思いました。



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[ 2007/10/29 18:34 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳4 

 夏が来て私とYさんは、N市の研究会に出掛けました。
Kさんと連絡を取り合って、予定通りN市の郊外にあるR温泉の旅館に泊まることになっています。
 この年は、私は発表せず、Yさんが発表しました。
私は、ひな壇にKさん、Tさんと一緒に座ってYさんの発表を見ていました。
去年は、逆の立場でKさんの視線を、私は感じていたことを思い出しました。
隣に座っているKさんをチラッと見て、穏やかな顔をしているなと思いました。
Yさんの表情からも、去年、私が感じた視線をYさんは多分感じていないなとも思いました。
 研究会が終わって、懇親会はパスして、四人で旅館の方に移動しました。
交通の便が悪いので、四人でタクシーに乗って移動しました。
街を抜けると畑ばかりです。
畑を抜けると山の裾を走って、川沿いの道を遡ると山と川に挟まれた三軒ほどの鄙びた旅館が並んで見えてきました。
到着した時間は、遅かったと思います。
日暮れが迫っていて辺りは暗くなり始め、旅館には電気が点いていました。
 タクシーを降りて旅館の前を見ました。
三軒の旅館は、造りも古く歴史を感じられました。
そして、三軒の内一番手前の旅館が手配された宿泊所でした。
私は、玄関の敷居を跨いで一歩中に入った時に違和感を感じました。

“ あれっ、これは・・・。”

Kさんは、私をチラッと見て中に入って来ました。




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[ 2007/10/28 18:03 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳5 

 YさんとTさんは元気です。
Tさんは酒が大好きで叫びました。

「 温泉に浸かって酒をのむぞ〜。」

酒はTさんも大好きで息が合いそうです。
私とKさんは付き合い程度で、それ程飲みません。
私は、先程の違和感は気になってはいたのです。
でも、久しぶりの温泉なので楽しもうと思っていました。
 旅館は年代物で全体がこげ茶色に変色していました。
仲居さんに案内されて廊下を歩きながら、通路を右に左に、階段を上がったり下がったりで、建て増しを何回も重ねていると思いました。
それに板張りの廊下は、歩けば所々ギシギシ軋み、敷いてある絨毯も端が擦り切れ、厚みも無くなってペタンとしていました。
 部屋の入り口は、木のドアでした。
昔は、一枚引き戸だったらしく、部屋の内側の壁に戸が入る凹みが見えました。
部屋に着いて、仲居さんが四人にお茶を入れてくれて、簡単に旅館の説明をしてくれました。
部屋の設備は古く、今どき無いような100円入れて映るようなチャンネルの緩んだテレビや壁掛け型の中古品のエアコンが見えました。
もっとも、テレビは100円入れなくても映るようには設定してありました。
 その後、仲居さんから、この部屋と隣の奥の部屋の二部屋を使ってくださいと言われました。
それで、私とTさんはこの部屋、KさんとYさんは奥の部屋を使うことにしました。
そして、KさんとYさんは荷物を持って隣の部屋に移動しました。
 私とTさんが荷物を片付けていると、KさんとYさんが部屋に入ってきました。
Kさんが私に言いました。

「 ちょっと、部屋を見に来てくれますか。」
「 どうかしたんですか?」
「 いや、ちょっと臭いがするのです。」


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[ 2007/10/27 18:43 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳6 

 私はどうしたのかと思って、隣の部屋にTさんと共に行って見ました。
部屋の造りはどちらも同じです。
扉から入って、直ぐ右手に洗面と風呂にトイレ、通路の奥に八畳の和室があります。
和室には、床の間に掛け軸、板の間のホールに向かい合わせの二人用の応接セット、そして、外の見える大きな窓が広がっています。
 造りは同じなのですが、部屋全体がちょっと暗いなと思いました。
それに、部屋に入るのに躊躇しました。
入って直ぐ右横にある風呂とトイレも気になるのです。
それでも、成り行き上、部屋に入らない訳にはいかないので、我慢して奥の八畳の部屋に入ったのです。
ここは、確かに生臭い臭いがします。
私は、部屋に入って、臭いは押入れの横にあるクローゼットの辺りのように思いました。
 Kさんが、私に言いました。

「 どうですか?」
「 ええ、ちょっと臭いますが・・。」

でも、TさんやYさんは言いました。

「 私は、分からないのですが、そうですか?」
「 私も、分かりませんが臭いますか?」

どうやら、臭いが分かるのは私とKさんだけのようです。
どうしたものかなと思いつつ、私は提案しました。

「 まあ、Kさん、臭いが気になるようですし、私たちの部屋で四人泊
 まりませんか。
 四人分、布団を敷いても十分な広さもありますし・・・。」
「 窮屈じゃないですか。」
「 いや、TさんやYさんが、酒盛りを始めそうだし、夜は長いですの
 で・・。
 それに、ゆっくり話もできますよね。」
「 そうですか。
 それじゃ、そうさせていただきます。」

KさんとYさんは、広げた荷物をそれぞれの鞄に片付け始めました。




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[ 2007/10/26 18:49 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳7 

 私は、部屋の中をグルッと見回しました。
私の泊まる部屋より、この部屋は少し寒いのです。
そして、よせば良いのに床の間に飾ってあった山水画の掛け軸を捲ってみたのです。
 掛け軸の裏の真ん中には、神社のお札が貼ってありました。
怖がらせるのも不味いかなと思ったので、もとに戻そうとしました。
でも、横からTさんが覗き込んで言ったのです。

「 あれぇ〜、これ、お札ですよ。」

KさんもYさんも鞄の片付けの手を止めてやって来ました。

「 ほんとですね。」
「 貼ってありますね。」

Tさんが、山水画の掛け軸を捲って持っている私に聞きました。

「 これって、魔除けですかね?」
「 そんなところでしょう。」

私は、掛け軸をもとに戻しました。
Tさんが続けて、私に言いました。

「 また、これ、メモしておくんですか?」

それを聞いて、Kさんが私の顔を見ながら質問しました。

「 こう言う分野も、専門なのですか?」

Tさんが、私の代わりに答えました。

「 この人、色々な話をメモして残しているんですよ。
 第二専門ですよ。
 こっちの方が本職かも知れないくらいですよ。」

私は、Tさんをチラッと見て口篭りました。

「 いや、そう言う訳でもないんですが・・・・。
 まあ、不思議な話って面白いじゃないですか。
 遠野物語みたいな・・・。
 部屋に戻りましょうよ、そろそろ。」
「 そうですね。」

私は、この部屋は怖いなと思えたので早く出ようと話を切り上げました。



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[ 2007/10/25 21:22 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳8 

 KさんとYさんは鞄の所に戻って、広げた荷物の片付けを再開しました。
Tさんが、KさんとYさんに言いました。

「 じゃ、先に部屋に戻って、夕食と布団、四つを私たちの部屋にっ
 て、旅館のフロントに連絡しておきます。」
「 お願いします。」

 私とTさんは、先に部屋に戻りました。
Tさんがフロントに、食事と布団の件を連絡している間に、私は、そっと私の部屋の掛け軸の裏を覗いて見ました。
この掛け軸には、お札は貼ってありませんでした。
部屋に臭いもしません。
ああ、大丈夫だ、と思いました。
 電話を掛け終わったTさんが、私に言いました。

「 この部屋に戻って表情が明るくなりましたよ。
 私には分かりませんが、隣の部屋、変ですか?」
「 う〜ん、ちょっと怖いかな。」
「 どう怖いか、分からないですね、私には。
 この部屋は、大丈夫ですか?」
「 ええ、多分。」
「 そりゃ、安心だ。
 それじゃ、夕食を食って、風呂に入って、夜は大宴会ですね。
 酒が飲めるぞ、うれしいなっ!
 Yさん、私と同じ酒飲みみたいだし。」

KさんとYさんが、鞄を持って部屋に入って来ました。

「 お邪魔します。」

Tさんが、ニコニコしながら答えました。

「 お邪魔しますって、ここは四人の部屋ですよ。
 夕食を食って、風呂に入って、夜は大宴会ですよ。
 KさんもYさんも、みんな陽気に盛り上がりましょう。」

私も、二人を歓迎して言いました。

「 そうですよ。
 今日は、一仕事、終わったんだし。」

私は、せっかく温泉に来たんだから、余計なことを言わずに楽しくやろうと思いました。



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[ 2007/10/24 19:47 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳9 

 四人とも浴衣に着替えました。
テレビをつけると、地元のUHF局の番組が流れてきました。
ニュースの隙間で地元の酒のCMが流れました。
TさんとYさんは、もう宴会モードです。
この辺りは、どこそこの地酒が美味いとか、酒の話を始めました。
 私とKさんは、窓際の応接セットに向かい合わせに座って、外を流れる川を眺めていました。
渓流の音が聞こえています。
私は、Kさんに聞きました。

「 お二人は、ここに泊まったことはあるのですか?」
「 いえ無いです。
 旅行社に、適当な所がないかって聞いたら、ここを持ってきたので
 す。」
「 そうですか、静かで良さそうなところですね。」
「 昔は、賑わっていたそうですが、客の流れが変わって、今は寂れて
 いますね。」
「 客も少なそうですし、少々騒いでも文句は出ないですね。」
「 そうですよ、ちょうどいいですよ、それに安いですからね、はは
 は。」

 そのうち、部屋には料理が運び込まれ、夕食です。
ビールで乾杯して、後は飲み終わった日本酒のお銚子がゴロゴロ転がります。
四人で、ワイワイやって、楽しみました。
特筆は、Tさんの手品です。

「 ちゃらららら、らぁ〜ん、ららららら、らぁ〜んららぁ〜。」

オリーブの首飾りの口音楽に乗って、座布団をくるくる回しながら踊ります。

「 は〜い、何も無い所から、思いがけない物が現れまぁ〜す。
 はぁ〜〜い!
 ジャ〜ンッ!!」

 座布団を畳にバサッと置いて、おもむろに捲ると旅館のスリッパが登場しました。
見ていた三人は、げらげら笑いました。
研究発表のプレッシャーから解放されたTさんは絶好調でした。
料理に満腹して、酒もまわって、みんな機嫌が良く、次は風呂に入ろうと言うことになりました。




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[ 2007/10/23 19:16 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)

家翳10 

 露天風呂があると言うことで、Yさんはお酒の入ったお銚子とお盆を持って風呂に乱入です。
廊下を玄関の方に少し戻り、途中を左に折れると風呂への通路があります。
宿泊客は我々しかいないのかと思えるほど旅館は静かでした。
床のギシギシ言う風呂への通路を通過して、脱衣場に入りました。
脱衣場は、ちょっとすえた臭いはしますが、これは許容範囲です。
 中に入ると、大きな露天風呂と内風呂がありました。
風呂は特に怪しい気配は無く、これなら、ここは、問題はないかなと言う気分でした。
私は、月明かりの照らす露天風呂で首まで湯に浸かっていました。
横にKさんが浸かっていて私に言いました。

「 部屋が狭くなってすみませんね。」
「 いや、多い方が賑やかで良いですよ。」
「 そうですよね、賑やかな方が良いですよね。」

 私は、Kさんは先ほどの臭いのことを考えているんだと思いました。
Kさんが言いました。

「 前に、あれとよく似た臭いを嗅いだ事があるんです。」

 私は、Kさんの方を見ました。
Kさんは、露天風呂の周りに植えてある木の上に覗いている月を見上げながら、私に言いました。

「 前に住んでいた家でです。」
「 引越しされたんですか?」
「 ええ。」

 Kさんは、見上げていた顔を下ろして、両手でお湯を顔に掛け、ゴシゴシ洗いました。
私は、話の続きを言うのかなと思いましたが、Kさんは話を続けず、間が開きました。
 私は、言おうかどうしようか迷っているようにも見えたので、突っ込んで聞こうとはしませんでした。
気分が乗って話す気になれば、また、その時、聞けばいいと思いました。
気分が乗らないときに話すと、後で後悔することが多いことは経験から分かります。
 露天風呂のお湯がゆらゆら揺れています。
Yさんが、岩の上に置いてあったお盆をお湯に浮かべました。

「 お銚子を置いても浮いているぞ!」

 Yさんは、お酒の入ったぐい飲みを、口に持って来てニコニコしています。
でも、露天風呂の端の方にいたTさんが突然泳ぎ出して、Yさんがお盆に載せていたお調子が波でひっくり返ってお酒風呂になりました。
Yさんは風呂でも笑わせてくれます。




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[ 2007/10/22 18:50 ] 家翳 | TB(0) | CM(0)
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