蔵の箱29 

   蔵の箱(後編)


 おばばの家が空き家になって1年余り経った今年、俺は、ようやく京都の大学の工学部1回生になった。
Tと最後に電話で話してから、8年が経っていた。
Tは、今、俺と同じ大学の医学部2回生で京都に下宿している。
つまり、俺は、一年浪人して何とかTと同じ大学に滑り込んだ。
 去年、名古屋の伯母からの連絡でTの入った大学が分かった時、俺は動揺した。
俺が行こうと思っていた大学にTが先に入ってしまって、俺は落ちたからだ。
父親は、大学に落ちたとき俺に言った。

「 Tは、医学部やで。
 お前、なにやっとんねん。
 まあ、俺の子やからなぁ〜、しゃ〜ないかなぁ〜。」

関西弁の風土にすっかり馴染んだ母親は、俺に言った。

「 遊んでばっかりおるからやっ!!
 馬鹿たれえ、このお〜っ!」

 母親にしばかれそうになって、俺は避けた。
まだまだ、甘いな。
でも、俺は、母親がだんだんおばばに似てきたと思った。
おばばだったら、確実にヒットしていただろう。
それにしても、ぼろくそに言いやがって、今に見ていろ。
俺の地獄の底力を見せてやると思った。





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[ 2007/05/30 18:23 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱30 

 このとき、俺は、Tの勝ち誇ったような笑顔が見えたような気がした。
でも、その顔は小学校のままのTだった。
Tとはあの電話以来、溝を感じて何となく話し辛く、連絡もせずに時が経っていた。
また、差ができて溝が深くなったと思ったが、それでも、来年、大学に入ったらTの下宿に行って見ようと思った。
 そして、俺は必死になって勉強した。
偏差値は低かったが、山が当たって、俺はTと同じ大学の合格が決まった。
ザマーミロ、俺の実力はこんなもんだ。
でも、両親は、そろって俺に言った。

「 医学部だったら良かったのに。」

とんでもない親だ、合格を素直に喜べ、馬鹿野郎。
それでも、両親は中古のパソコンを買ってくれた。
 合格に、喜んでいる場合ではない。
俺は、名古屋の伯母からTの携帯の番号を教えてもらい、直ぐにTに連絡を取った。
思っていた以上に、Tは大学合格を喜んでくれて、俺は春休みにTの下宿に一泊で行く事が決まった。
もっと以前に連絡を取っていれば良かったかなとも思ったが、年月が経ったからこうして話が出来るようになったんだろうという気もした。




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[ 2007/05/29 19:03 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱31 

 春休み、俺は、大阪U駅から私鉄電車の特急に乗って京都K駅に行った。
夕方の人込みの中、階段を上がって改札を見るとTが待っていてくれた。
驚いたことに、横にかわいい女の子がいた。
俺は動揺した。
 くそーっ、見せ付けやがってこの野郎。
俺が、浪人している間に、こいつはこんないいめをしていたのか。
くそ〜くそ〜と思ったが、動揺したことを悟られないようにしなければならない。
俺は、Tに向かってつとめて冷静に手を上げた。

「 おう、久しぶりやなあ。」
「 やあ、久しぶり。」

 Tは、先に大学生になっていた分だけ、大人びて見えた。
でも、俺は、背の高さだけは勝ったと思った。
Tに話そうとは思うのだが、隣の女の子が気になって仕方が無い。
横目でチラチラ見ていると、隣の女の子は笑った。
少し小柄で、髪は長く、眼のぱっちりしたかわいい子だった。
Tがニヤニヤして、俺に言った。

「 僕の彼女だ!」

俺の、くそ〜、くそ〜、という顔が、表に出てしまった。
Tは、俺に言った。

「 嘘だ、ぴょーん!」

隣の女の子が、ケラケラ笑い出した。





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[ 2007/05/28 17:02 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱32 

 Tが女の子に言った。

「 ほら、動揺している。
 昔から、単純でわかりやすい奴だったからな。」
「 そうね、ぜんぜん変わらないわ。」

Tは、俺に言った。

「 Sちゃんを忘れるなんて、最低だ。」
「 そうよ、最低よ。」

嘘だろ、嘘だろ、何でSちゃんがここにいるんだ。
俺は、しばらく声が出なかった。
Tは、Sちゃんに言った。

「 とにかく、何か食べよう。」
「 そうね、お腹減った。」

ああ、もう二人のペースだ。
俺は、すごすごと二人について行った。
 駅近くのビルの7階のレストランで夕食を取った。
三人がそれぞれ、今までの人生をかいつまんで話した。
外の夜景を背景に、店のライトに照らされて話すSちゃんはキラキラ輝いていた。
 Sちゃんは、京都の女子大で生物学をやっていることが分かった。
Tと同じ2回生だ。
父親の実家が京都にあり、そこに下宿して大学に通っている。
今時、門限があって、午後10時には帰らなければいけないと言った。
まさか、またこの三人で話しが出来るとは思っていなかった俺は素直にうれしかった。
駅の近くでの夕食を終えて、俺たち三人はTの下宿に移動した。





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[ 2007/05/27 19:11 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱33 

 繁華街を通過して、橋を渡り、途中のコンビニで缶ビールとおつまみを袋いっぱい買って、Tの下宿に着いた。
下宿とは言っていたが、実際は小奇麗なワンルームマンションの3階だった。
整理された部屋に入って、Tは昔と同じで几帳面な奴だと改めて思った。
俺も、もうちょっと家が大学から遠いと、こんな所に住めたんだと少しTを羨ましく思った。
 Tが小さな座卓を出してきて、引っ繰り返して足をパタパタと立て、缶ビールとおつまみの台が完成した。
俺たちは、座卓を囲んで座り、おつまみの袋をとりあえず3袋程破って、缶ビールの栓を抜いて乾杯した。

「 合格を祝って、乾杯!」
「 三人の再会を祝って、乾杯!」
「 未成年の我々に、乾杯!」

しばらく話をしていて、自然と昔話になった。
俺は、Tに聞いた。

「 おばばが死んだ年、お前に電話をかけたやろ。
 あの時、ろくに話しもせず、突然電話を切ったやろ。
 あれは、なんやねん?」

Sちゃんは、興味深そうな眼をして、Tの顔を見た。





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[ 2007/05/26 16:52 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱34 

 少し間をおいて、Tは話し出した。

「 僕は、お前との約束を破ったんだよ。
 秘密の部屋のことを、おばばに喋ったんだ。
 お前と一緒に入った蔵の秘密の部屋のことを、おばばに問い詰めら
 れて言ってしまったんだよ。
 二人の約束を破ってバツが悪くって、お前に知られたくなくって、
 話が出て来る前に電話を切ったんだ。
 言おうかどうか迷ったんだけど、言えなかった。
  お前は、僕より一日早く帰っただろ。
 僕は、最後の日、蔵に入ろうとした。」
「 おばばに見つかったのか。」
「 そうだ、見つかった。」
「 でも、何をしようとして蔵に入ったんや?」
「 お前が剥がした紙を、糊で貼ろうと思ったんだ。」

俺は、黒い箱から紙を剥がしたことを思い出した。
 Sちゃんを見ると、何か言いたそうにうずうずしていることが見て取れた。
言いたいことをストレートに言うSちゃんが、我慢しているのを見て、俺はTと二人でした蔵の探検の内容をかいつまんでSちゃんに話した。
Sちゃんは言った。

「 そう、あなたたち二人の秘密だった訳ね。
 私も、入りたかった。」

俺は、入りたかったの一言は、蔵に入ってみたかった以上に、共有する秘密を持って当時の俺とTの持っていた友情の輪の中に入りたかったんだと思った。




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[ 2007/05/25 19:38 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱35 

 Tは、話を続けた。

「 僕は、お前が帰った日の夜、不思議な体験をした。
 最後の日の夜、夜中に目が覚めたんだ。
 一度寝ると朝まで眼を覚まさないのだが、珍しく夜中に眼が開いて
 しまった。
 明日帰ることが、気になっていたのかもしれない。
  外はまだ暗く、静かな中、コオロギが鳴いていた。
 僕は、遠くにある玄関灯が今日は点いていないことに気がついた。
 月明かりでは、部屋の中もよく見えない。
 僕は、眼をつぶって寝ようとした。
  その時、カタッと玄関が開く音がした。
 僕は、泥棒かと思ってビクッとした。
 おばばや伯父夫婦に知らせようかどうしようかと迷っているうち、
 トントントンと小さい子供が歩いているような足音が聞こえて来た。
 足音は、部屋の前を通り越し奥に行った。
 特におばばや伯父夫婦の叫び声も無く静かだった。
  何かなとは思ったけれど、そのうち、また眠ってしまった。
 僕は、何か夢を見ていたと思う。
 どんな夢かは思い出せない。
 しばらくして、夢の中で、小さな女の子の声が聞こえた。
 そして、その声に答えた。

 『 おにいちゃん、遊ぼう。』
 『 後で。』
 『 じゃ、約束だよ。』
 『 うん。』

  僕は、返事をして眼が開いた。
 部屋には、明け方の薄明かりが射し込んでいた。
 周りを見ても誰もいなかった。
 でも、確かに声が聞こえたんだ。
 僕は、しばらく天井を見ながら考えた。」





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[ 2007/05/24 18:21 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱36 

 俺は、ハッとしてTに聞いた。

「 その子、赤い靴下を履いてなかったか。」
「 いや、靴下は分からない。
 でも、秘密の部屋にあった写真の子のような気がした。
 双子だよ。
 顔を見た訳じゃないんだ。
 何となくだよ。
  足音を聞いたのは、確かだった。
 確かに、小さな子供の足音だった。
 何年も、この家に来ているけれど、こんなのは初めてだ。
 今までと、何か違っていることはなんだろう。
  僕は、昨日のことを考えた。
 そして、お前が黒い箱の封印を解いたと思った。
 あの紙だよ。
 お前が剥がして、クルクル丸めて捨てたあの紙だよ。
 僕は、蔵に行ってお前が捨てたあの紙を見つけて、元の位置に糊で
 貼ろうと思ったんだ。」
「 それで、貼れたんか?」
「 いや、貼れなかった。
 最後の日、僕は朝食を取って直ぐに蔵に行った。
 鍵は、開いたままだった。
 中に入って、床の板を持ち上げた時に、おばばが蔵の戸を開けて僕
 は見つかった。
 僕は、しばかれた。
 おばばは、僕の様子を朝から見ていたらしい。
 鋭いおばばだ。
 僕が、いつもと違うことに、おばばは感付いていたんだ。
  僕は母屋に連れて行かれて、板の間に正座して、おばばに質問攻
 めにあった。
 僕は、昨日お前と秘密の部屋に入ったことを言った。
 ただ、部屋に入ろうとしたとき、おばばの叫び声が聞こえて、見つ
 かったと思って蔵を飛び出したと言った。
 だから、アルバムも黒い箱も知らなかったことになっている。
 言うべきだったかも知れない。
 でも、言い出せる雰囲気ではなかった。
 部屋の中を調べていないことを知ったおばばは、安心したのか、僕
 にスイカを切ってくれた。
  そして、蔵の鍵は掛けられた。
 それも、南京錠のついたチェーンが付け加えられて二重になった。
 鍵を掛け忘れた伯父は、おばばにぼろくそに怒られた。
 だから、お前が剥がした紙は、黒い箱に貼ることは出来なかった。」





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[ 2007/05/23 20:02 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱37 

 Sちゃんが言った。

「 おばあさんは、夜中にその子に会ったんじゃない。
 小さい子は、あなたの寝ている部屋を、一旦、通り過ぎたんでしょう。
 おばあさんは、その子が現れたことから、あなた達の仕業と思って
 様子を見ていたと思うわ。
 だから、蔵で見つかったのよ。
 面白そうな話だけれど、私、帰る。
 あと30分で10時だから。
 10時に帰らないと、じじばばがうるさいの。」

TがSちゃんに言った。

「 それじゃ、車で送っていくよ。」
「 ありがとう、夜は物騒だから。」

Tが俺に言った。

「 Sちゃんを送って行くから、部屋で適当にやっててくれ。
 Sちゃん、行こうか。」
「 うん。」

Sちゃんは、俺にニコッと笑って、手の先だけでバイバイをした。
俺は、Sちゃんの後ろ姿を座ったまま無言で見送った。
俺は中古のパソコンで、Tは車か。
この差は、一体何なんだ。





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[ 2007/05/22 18:25 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱38 

 二人が出て行ってから、俺はビールを飲みながら考えた。
俺は、Tと話した最後の電話の違和感を思い出していた。
Tは、Tなりに思うことがあったのだと今の話から分かった。
Tは、俺の知らないことをまだまだ知っているだろう。
俺は、何から聞けばいいのか考えていた。
 しばらくして、Tが帰って来た。
Tは俺に言った。

「 Sちゃん、お前に会えて喜んでたぞ。」
「 当然やろ、あまりに格好良くなってびっくりしとったやろ。」

俺は、強気に出た。
Tは、俺に言い返した。

「 びっくりしていたのは、お前だろ。
 駅でのお前の顔、一生忘れられんな。」
「 そうか、そんなに変やったか。」
「 その通り。」

俺は、また弱気になった。
Tは、座卓を挟んで俺の向かい側にドカッと座り、話を始めた。

「 僕は、怖かったんだよ。
 さっきは、Sちゃんがいたから言って無かったけどね。
 僕は、夢で小さな女の子と遊ぶと約束をした。
 でも、小さい子の足音を聞いたのは現実だ。
 夢と言ったけれど、僕はその子と実際に約束したんだ。
 僕は、怖かった。
 だから、僕は蔵に行ってお前の剥がした紙を貼り付けようと思った。
 紙を貼れば、その子は僕の所に来ないと思った。
 失敗したけどな。」





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[ 2007/05/21 18:10 ] 蔵の箱(後編) | TB(0) | CM(0)
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