蔵の箱1 

  蔵の箱(前編)

 とうとう、母の実家が、文化財指定を受けて市で保存保管する事になった。
俺は、まずいなあと思った。
敷地を整理して、他の豪農の家と同じように、文化財として観光客に開放すると言う計画らしい。
 俺は、ますます、まずいなあと思った。
母の実家は、実家の伯父が亡くなってから空き家になっていた。
母に、この事について名古屋の伯父から電話連絡があったと聞いた時、俺は、蔵はどうなったかと即座に聞き返した。
蔵は、母屋の管理棟をたてる為の用地として、先週、取り壊したと言うことだった。
これは、えらいこっちゃ、とんでもなくまずいと思った。



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[ 2007/03/03 18:28 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱2 

 俺は、小学校の頃、広い母の実家でよく遊んだ事を思い出していた。
母の実家は、北陸地方の豪農である。
敷地は、桁外れに広く、大昔から建っている母屋は、部屋が幾つもある。
何度か改修したとは思えるが、基本的には江戸時代の作りだ。
内部は、天井への吹き抜けが高く、薄暗く、夏ひんやりとしている。
使ってはいないが竈があり、時代を感じさせる掛け軸や骨董品も珍しかった。
蔵も三つあり、大きい蔵が一つと小さい蔵が二つあった。
小さいと言っても、他の地方では、とてもそう言う言葉では表せない規模だった。
 当時、母の実家には、強烈な根性おばばの祖母と気の弱い長男夫婦の三人が住んでいた。
祖父は、若くで亡くなっており、根性おばばの祖母が、家を守っていた。
このおばばに、俺とおばばの次男の息子であるTは、何回も、悪いことをする度にしばかれた。
俺たちが逃げようとすると風のように追って来る。
まるで、忍者のようだ。
逃げ切れないことも多かった。
俺たちが捕まって、おばばが頭をしばくと、パコーンと言ういい音がした。
あんないい音が出せるのは、おばばだけだ。
痛みはあまりない。
学校の先生に、しばき方を教えて欲しかったくらいだ。
俺たちは、この祖母をおばばと呼んで恐れていた。
 俺の母は、二人の兄と長い間、このおばばの家で暮らしていた。
そして、結婚して母は大阪へ、次男は名古屋に移って行った。
残った長男も結婚し、根性おばばの手先になっていた。
歴史のある家なので、跡継ぎは必要だった。
でも、気の弱い長男夫婦には子供が無く、養子を迎える話も何回か出ていたようだが、家が家だけに実現はしていなかった。



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[ 2007/03/03 18:27 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱3 

 俺とTは同い年で、どちらも男の一人っ子だ。
二人そろって、幼稚園の頃から、夏休みには親から離れて、この実家に10日程遊びに行くのが年中行事となっていた。
俺とTは、日程を調整して、毎年、おばばの家に遊びに行った。

 俺が、おばばの家の玄関に旅行鞄をぶら下げて入って行って、おばばを呼ぶ。

「 来ましたー。」

すると、おばばは水戸黄門のように伯父夫婦の助さん格さんを従えて現れ、日焼けした梅干しのような顔をして必ず言った。

「 ふお、ふお、ふお、よー来たの。
 まあー、ゆっくり遊んでけ。
 おい、スイカ切っちゃれ。」

おばばの手先は、そそくさとスイカを切りに台所に消え去った。
おばばは、俺の頭を両手でぐるぐるかき回すように撫でニタッと笑った。
俺は、髪の毛を元に戻しながら、一礼をして台所にスイカを食べに行った。

 俺とTは、毎年、このおばばの家で問題を起こしていた。
一番ひどかったのは、小学校4年の時の水事件だ。
おばばの家から、しばらく行くと農業用のため池がある。
俺とTは、ため池で魚釣りをしていた。
いつもだったら釣れるのに、この日は、ぜんぜん釣れなかった。
魚釣りの浮きが、一向に引かないのに腹が立って、俺とTは二人でため池に石を投げ込んだ。



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[ 2007/03/03 18:26 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱4 

 石を投げ込むことに飽き始めた頃、Tは俺に言った。

「 僕の家の近くの川で、魚のつかみ取りをやったことがあるよ。
 上流から、金魚とか流して、みんなでつかみ取りするんだ。
 つかんだものは、持って帰るんだよ。
 いっぱい獲れて面白かった。」
「 泳いで、獲ろか。」
「 この池、底無し池だろう。
 おばばが言っていたよ。
 泳いで獲るのは、危ないよ。」

 俺は、ひらめいた。
水抜き用の水門がある。
水を抜いちゃえば、手で魚が拾える。
おー、グッドアイデア、なんて俺は賢いんだ。
 俺たちは、水門に移動した。
コンクリートに螺旋のネジが刻まれた錆の浮いた鉄の棒が突き出していて、その先に自動車のハンドルのような輪がついていた。

「 こいつや。
 廻すぞ。」
「 廻そう。」

俺たち二人はグルグルハンドルを廻した。
コンクリートの下の方から水飛沫が見えた。

「 やったー、お魚いっぱい獲れるで。」
「 うなぎがいたらいいな。
 蒲焼き、美味しいよ。」

俺たちは、コンクリートに座って足をぶらぶらさせて、水飛沫を後ろに、ため池の水を眺めていた。



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[ 2007/03/03 18:25 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱5 

 水は、なかなか減らなかった。
そのうち、村の人たちのザワザワした話し声と足音が急速に近付いて来て、何か不穏な空気を感じた。
そして、男の怒鳴り声が聞こえた。

「 こらーっ、どこのどいつじゃ!!
 田に水が溢れとるんじゃ、水じゃ、水!!」

“ ヤバイ・・・。”

俺たちは、直ぐに立ち上がって走り出した。

「 こらーっ、そこのクソガキ、待たんかあー。」

後ろを、チラッと見ると、鎌を振り上げたおっさんが追いかけて来た。

「 うわあー!!」

俺たちは、山に逃げ込んだ。
そして、茂みに隠れて様子をうかがった。

「 殺されるかと思った。」
「 びびったなあ。」

 遠くの方で、おっさんが数人、何か言い合っているのが聞こえた。
俺たちは、日が暮れるまで山の中で隠れた。
あたりが暗くなって、特に人声も聞こえないので山を下りて、御地蔵さんの祠の前を通過した時、二人とも後ろから、服をグッと掴まれた。
振り替えると、おばばだった。
俺たちは、観念した。

「 馬鹿たれえ、このおーっ。」

パコーン、パコーンと言う音が山にこだました。
 おばばの家に帰って、板の間に一時間、正座させられ、さんざん説教された。
足は痛かったけれど、特に村の人達からは何も言われなかった。
俺たちは、おばばが手をまわしてくれたんだと感謝していた。
でも、おばばには何も言わなかった。
 根性おばばと長男夫婦は、跡継ぎとして、この悪ガキ二人を考えていたのだろうか。
毎年、懲りもせず二人に遊びに来るように、双方の親に連絡を入れていたようだ。



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[ 2007/03/03 18:24 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱6 

 あれは、小学校の5年生の時だった。
その年はエルニーニョ現象とかで、例年よりあほみたいに暑い夏が続いていた。
何時ものように、夏休みに俺とTは、根性おばばの家に遊びに来ていた。
この年は、Tは10日間、俺は、親の都合で9日間泊まる事になっていた。
つまり、俺はTより一日早く帰る事になっていた。
 毎年、俺とTは、この家に行く事を楽しみにしていた。
両親に言っていた表向きの理由は、山に虫がいたからだ。
俺もTも、親子三人で街の中のマンションに住んでいる。
近くに虫を取りに行ける所なんて何処にも無かった。
カブトムシやクワガタムシが好きだった俺は、おばばの家にいる間、よく山に入って虫取りに行った。
 山に行く時は、小学校2年までは、Tと二人で行った。
でも、小学校の3年からは、三人になった。
もう一人は、おばばの家の三軒隣りの家に来ていたSちゃんだ。
Sちゃんは年齢も同じで、岡山の小学校に行っている女の子だった。
この子も俺たちと同じように、毎年、夏休みに実家に遊びに来ていた。
三人共、地元から言えばお客さんだったので、地元の子供たちと話があわなかった。
 小学校3年のおばばの家に行った初日、俺とTが虫取り網と虫かごをぶら下げて山に行こうとした時、三軒隣りの家の縁側で、こちらを見ているSちゃんがいた。
俺が、虫取り網を三回振るとニコッと笑って俺たちに言った。

「 私も行く。」



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[ 2007/03/03 18:23 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱7 

 Sちゃんは、一旦家の中に入って、直ぐに虫取り網を持って走って来て、俺たちに言った。

「 よし、行くぞ!」

Sちゃんは、男物のよれよれの麦藁帽子を被っていた。
俺とTは、不思議な奴が現れたと思った。
女の子で虫取りに行く奴は、今まで見たことが無かったからだ。
 俺は、Sちゃんに言った。

「 お前、山に行って、付いて来れへんかったら、置いて行くで。」
「 やかましい!
 あんた等こそ、何所に虫がいるのか分かるの?」

俺とTは、呆気にとられた。
話を聞くと、どうやら岡山で、男の子と一緒に虫取りをよくやっていたらしい。
 実際、Sちゃんは、山に行くと、虫の集まる樹液の出る木を良く知っていたし、行動も素早かった。
俺たちは、Sちゃんを仲間と認めた。
それは、あっさりした性格で、目のパッチリしたかわいい子だった事も影響していたと思う。
 どういう訳か、Sちゃんがいる時は不思議とおばばに悪いことがばれなかった。
俺とTの二人の時は、直ぐに悪事がばれて、しばかれた。
水事件の時も、Sちゃんが岡山に帰ってから起きた事件だ。
母の実家に行く事を楽しみにしていた俺の最大の理由は、Tと遊べるのは当然だが、Sちゃんと遊べることがさらに大きかったように思う。



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[ 2007/03/03 18:22 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(1)

蔵の箱8 

 この小学校5年の年も、おばばの家に行った初日から、俺とTはSちゃんを誘って、一緒に山に虫を採りに行った。
晴れた日は、虫採りだ。
虫が少ない時は、川で魚を釣ったり、カエルやザリガニを捕まえてきたりもしていた。
俺たちと同じように、魚やカエルやザリガニを素手で掴むSちゃんは新鮮だった。
 山に入って、汗が出るのでいつも水筒を持っていた。
それでも、暑くてどんどん飲むと直ぐに空になる。
空になっても喉は渇く。
山のすそにスイカ畑があった。
俺たちは、スイカが大好きだ。
山すその茂みの中で、俺はTとSちゃんに言った。

「 スイカ、食おか。」
「 おっさんに見つからないかな。
 去年、危なかったから。」
「 スイカ食べたい!!」
「 よし。」

Tはいつも慎重だ。
Sちゃんは、思っていることは、ストレートに言う。
俺たち三人は、辺りをキョロキョロ見まわしてスイカ畑にはいる。
毎年、スイカを俺たちに盗られるこの畑の持ち主のおっさんは、俺たちが来る時はいつも警戒していた。
 去年は、スイカに手をかけた途端に、農機具が置いてある小屋の影から突然おっさんが飛び出して来て追いかけてきた。
俺は持っていたスイカを放り出して、必死に逃げた。
後ろから、TとSちゃんも追ってきた。
山すその人ひとり通れるような細い農道を駆け抜けて三人は逃走した。



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[ 2007/03/03 18:21 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱9 

 しばらく逃げて、後ろからおっさんの気配がなさそうなので立ち止まった。
俺は、後ろのTに言った。

「 お〜、危なかったやんけ。」
「 まだ、どきどきしている。」

その時、一番後ろを走っていたSちゃんを見て驚いた。
Sちゃんは、小振りのスイカを両手で抱えていた。
俺とTが、驚異の目でそれを見ていると、Sちゃんはにっこり笑ってから口を尖らせて言った。

「 だって、食べたかったんだもん。」
「 お前、ええ根性しとるなあ。」

去年は、Sちゃんのスイカを三人で分けて食べた。
俺は、Sちゃんをいい奴だと思った。
 おっさんは、スイカ畑なんて、毎日、一日中見張っていられる訳がない。
今年は、あっさりとスイカを三個キープした。
ラッキーだった。
 スイカを盗ったら泥が着いているので洗わなければならない。
俺たちは、近くの山から流れて来る小川で戦利品のスイカを洗った。
大きな木の影が、三人の上を覆って川の風が気持ち良くふいていた。
三人とも川べりの石の上に座って、川に漬けたスイカを棒で突付いていた。
もうちょっと、冷やしてからの方がうまいのだが、我慢できずに途中で食べた。
少し生ぬるかったけれど、舌に来る甘い感覚が気持ち良かった。
川の水も飲みたかったのだが、おばばに赤痢になると脅かされていたので我慢した。
 雨の日は、おばばの家やSちゃんの家でゲームをしたり漫画を読んだりして遊んだ。
三人で遊んで楽しかった日々は、俺の心の中に残っている。
この年は、6日間、三人で遊べた。
そして、Sちゃんは、7日目に岡山に帰って行った。



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[ 2007/03/03 18:20 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)

蔵の箱10 

 俺が帰る前の日、つまり、母の実家に来て8日目、朝起きると雨が降っていた。
雨が降ると、山に虫取りに行けない。
Sちゃんも、岡山に帰ってしまっていない。
仕方が無いので、俺とTは母屋でテレビを見たり漫画を読んだりしていたが、時間が経つと段々飽きて来た。
 昼頃まで母屋で遊んでいたが、同じような部屋ばかりウロウロしていても面白くないので、蔵に行ってみる事にした。
三つの蔵は、今まで何度か入ろうとしたが、いつも鍵が掛かっていて入った事が無かった。
 一度、小さい方の蔵に実家の伯父が何かを取りに行こうとした時、付いて行ったら、来るなと言われて追い返された。
母屋の陰から、二人でそっと覗いたが、蔵までの距離はかなりあったし、伯父は中に入ると直ぐに戸を閉めてしまって近付いても蔵の中は見る事は出来なかった。
そっと、蔵の戸を開けてみようかと思ったが、開けた途端、伯父が目の前にいるようで、怒られるのも嫌だし思い止まった。
それに、おばばが何処かから見ているようで、不気味だった。
 鍵も何処にあるか知らなかったし、蔵には大事な物が入っているから、入ってはいけないと根性おばばと伯父夫婦に強く言われていた。
きっと凄い物があるんだろうと二人で話しをしていたし、入ってはいけないと言われるとかえって入りたくなる。
それとなく、おばばや伯父夫婦に鍵の在処を聞いてみても、言ってはくれなかった。
 以前に、俺とTは、おばばの部屋に忍び込んで、机の中にあった鍵をパクッて来て、蔵を開けようとしたことがあった。
蔵の鍵穴に鍵を差し込んでガチャガチャやったが開かなかった。

「 くそっ、くそっ!!」

俺たちは、蔵の扉を蹴っ飛ばした。
その時、いつの間にか、気配も無しに、おばばが俺たちの後ろに立っていた。

「 ふお、ふお、甘いのおー。
 入ったら駄目じゃ。」

パコーン、パコーンと二回音がした。
おばばは、俺たちが蔵に入りたがっていることを見抜いていた。



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[ 2007/03/03 18:19 ] 蔵の箱(前編) | TB(0) | CM(0)
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