湿った階段1 

 湿った階段



「 変だね、おかしいよね、ははは。」と、あいつは笑ったのです。
私は、今でもあいつの歪んだ笑顔を思い浮かべる事ができます。」

 今から、15年ほど前の事です。
私は、当時N市に住んでいました。
今でこそ、大きな町になりましたが昔は人も少なく商店街も駅前のしょぼくれたものしかありませんでした。
だから、遊びや買い物には、電車で二駅離れたT市に行かなければなりませんでした。
T市の駅前は,人通りも多く、デパートや映画館やゲームセンターがある大きな繁華街でした。
色々な専門店があちこちのビルに入り、駅を中心に地下道や二階、三階も陸橋で結ばれていました。
 当時、小学校6年生だった私には、何時も良く遊ぶ友達が三人いました。
一人は、生まれた病院も同じで、隣同士の保育器にいたA、もう一人は幼稚園からの友達B。
二人は、幼稚園から小学校まで同じクラスになったり、クラスが離れたりしていましたが、良く遊んでいました。
あと一人は、小学校の五年の時にT市から引っ越してきたCです。
学校が終わってから、持ち回りでそれぞれの家を遊んでまわるのが楽しみでした。


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[ 2006/12/06 00:12 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段2 

 あれは11月25日だったと思います。
Cの家でトランプをやっている時、映画の好きなBが言いました。

「 今度、ロッキーが来るから見に行かないか?」
「 何それ?」
「 ボクシングの映画だよ。
すごく、面白い映画だから見に行こうよ。
T市の駅前をちょっと行った所にある映画館で上映されるんだよ。」

CがBに言いました。

「 その映画館知ってるよ。
何回か行った事があるよ。」
「 それじゃ、案内してくれよ。」
「 いいよ。」
「 何時、行く?」
「 次の土曜日は?」

Aが言いました。

「 俺、都合が悪いや。
土曜日は、塾の日だ。
でも、映画が終わる頃は、塾も終わるからその後合流して、一緒に遊べるぞ。」
「 そうしよう。」

Aは、私立中学受験の為にT市にある進学塾に通っていました。
Aが一緒に来られないのは残念でしたが、私とBとCの三人は、一緒に映画を見る事になりました。



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[ 2006/12/06 00:11 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段3 

 そして、11月28日の土曜日がやってきました。
土曜日は、雨が降っていました。
私たち三人は、N市の駅で集合しT市に電車で行きました。
 T市について、雨がひどくなってきて、三人とも傘をさして映画館への歩道を歩きました。
風も出てきて街路樹の枝が揺れていました。
吹き降っている雨に、濡れた服が体に引っ付いて気持ち悪かった事を覚えています。
 映画館の中は、混んでいました。
座って見たいので、次の上映開始まで待つ事にしました。
三人で、ポップコーンやジュースを買い込んで準備しました。
映画が終わり近くになって、暗い会場に入って眼を慣れさせ、通路で席を確保するためきょろきょろしていました。
そして、うまく三人並んで席が取れました。
後ろから四列目で、通路からC,私、Bの順で座りました。
 映画が始まりました。
結構面白い映画で熱心に見ていたんですが、映画が始まって一時間ほど経って、ジュースの飲みすぎなのか、私はトイレに行きたくなりました。
Cの前を通過して、暗い会場から外に出ました。
 映画館の通路には人影はありません。
さっきまで入れ替えを待っていた人が、通路にたくさんいて騒がしかったのに、今は人が誰もいなくなって静かでした。
何か静か過ぎて変だなと思ったのですが、とにかくトイレに行きたかったので雨に濡れた靴跡のある通路を急ぎました。
 トイレのドアを開けて、用を足したのですが、奥にある個室が気になって仕方がありません。
何故かは分からないんですが、一番奥にある個室が、すごく気になったのです。
でも、奥には行きませんでした。
映画が進んでいるので、そちらの方が優先です。
奥の方をちら、ちら見ながら、手を洗ってトイレを出ました。
誰もいない通路を通って会場に入りました。
そして、私は、席に戻りました。



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[ 2006/12/06 00:10 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段4 

 少し間を置いて、Cがトイレに行くと言い出しました。
今日の朝から下痢ぎみで、ジュースとポップコーンが効いてきたんだと言ってました。
Cは、トイレに行きました。
私とBは、映画に夢中でした。
しばらくして、Cが帰ってきて椅子に座るのが目の端に見えました。
Cの方を見なかったのですが、この時すでにCの身に何かが起こっていたのかもしれません。
 映画を見終わって、客が通路にぞろぞろ出て行きました。
私たちもその中に混じって通路に出ました。
通路は人で一杯で騒がしく、さっきトイレに行った時とは違っていました。
感情移入の激しいBは、傘を脇に抱えてボクシングの格好をしていました。
私は、ロッキーのテーマ曲を鼻歌で歌っていました。
でも、Cは浮かれている二人の後ろからだまってついてきていました。
それに気がついたBは、Cに話しかけました。

「 すげー映画だったな。
 ロッキーが、勝っちゃえばよかったのに。」
「 そうだね、その方がよかったね。」
「 でも、勝たないほうが、続きが出そうだぜ。
 そうだよ、絶対出るよ。」

Bが興奮している分だけ、Cの静かな対応が気になりました。



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[ 2006/12/06 00:09 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段5 

 映画館を出ようとすると、雨がひどく降ってきました。
私は、来た時のことを思い出して言いました。

「 濡れるの嫌だなあ。
 来たとき、服が濡れて体に張り付いて気持ち悪かったし。」

その時、Cが言いました。

「 僕、近道知ってるよ。
 ビルの中を抜けていけば濡れなくてすむよ。」

 私とBは、CはT市から引越ししてきたから、当然地理には詳しいと思いました。
上の方を見ると、三階に屋根の付いた連絡通路が駅の方に繋がっています。
映画館の隣にブティックとかコーヒーカップとか売っている店が入っている雑居ビルがありました。
私たち三人は、Cを先頭にそのビルに入ったのです。
 通路をまっすぐ進んで、角を二回ほど左右に曲がって、またどんどん歩いて右に曲がった所に防火扉がありました。
たくさん歩いた気がしたので、結構広いビルだと思いました。

「 ここだよ。」

 Cが防火扉を押し開けて中に入りました。
私とBも続けて入りました。
三人が中に入ると、防火扉が後ろで隙間を少し開けて閉まりました。
人の声やざわめきが僅かに聞こえる程度になりました。
ほぼ正方形の空間に、地下に続く薄暗い階段と上へ続く階段が蛍光燈に照らされて見えました。
四角く閉じられた空間は、息苦しく感じました。



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[ 2006/12/06 00:08 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段6 

Cが言いました。

「 三階まで行けば、隣のビルへの連絡通路があるよ。」

 Cは、言い終わると階段を上がりました。
私とBも続いて階段を上がりました。
二階も一階と同じような扉があって閉まっていました。
その扉は触りませんでしたが、開ければ一階と同じように、二階の店舗の並んでいる通路に出られると思いました。
静かな空間に、三人の階段を上がる足音が響いていました。
 三階まで上がると、扉がありました。
Cが、扉を押し開けようとしました。

「 あれ、開かないね。」

次にBが、扉の取っ手をガチャガチャと押したり引いたりしましたが開きません。
私もやってみたのですが、鍵がかかっているのか開きませんでした。
Cが言いました。

「 四階まで上がって降りてくれば行けるよ。」

Cは言い終ると階段を上がりました。
私とBも続いて階段を上がりました。
 四階まで上がると、扉がありました。
Cが、扉を押し開けようとしました。

「 あれ、開かないね。」

また、Bが、扉の取っ手をガチャガチャと押したり引いたりしましたが開きません。
私もやってみたのですが、鍵がかかっているのか開きませんでした。



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[ 2006/12/06 00:07 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段7 

 Bが興奮して、Cに言いました。

「 こうなったら、意地でも開いている所を見付けてやる。
 上に行こう。」
「 そうだね。」

 また、Cを先頭に階段を上がりました。
五階、六階も扉は開きませんでした。
私は不安になってきて、二人に言いました。

「 降りた方がいいんじゃないかなあ。」
「 行こうぜ、折角ここまで来たのに。
 もっと、上に扉が開く階が絶対あるぜ。」
「 そうだね。」

 また、Cを先頭に階段を上がり始めました。
七階、八階、九階、Cは黙ってどんどん上がります。
Bは、各階の扉の取っ手を一瞬引っ張って開くかどうか確認しました。
 私は、CとBの後ろから息を切らせてついていきました。
階段は、まだまだ続いています。
私は、階段に蛍光灯はあるのですが、上に行くに従って心持ち暗く、また、湿っぽくなってきたような気がしていました。
それに、ずっと階段を上がってきたので汗をかき、首筋に気持ち悪さも感じていました。


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[ 2006/12/06 00:06 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段8 

 私は、恐くなってCに向かって言いました。

「 もう降りようよ。
 変だよ。」
「 変かな、ははは。」

Cは、こちらを向くことも無く答えました。
私は、笑われたことに、むっとしてCに言いました。

「 なんだい、笑って。
 変だよ、こんなの。
 おかしいよ。
 降りようよ。
 もう、かなり上がったよ。」

 Cは、私の言うことを無視して、また階段を昇り始めました。
そして、私とBに背を向けたまま言いました。

「 大丈夫だよ、ははは。」

Cの声が少し変わっていました。
Bは、立ち止まってCを見上げて言いました。

「 おい、C、お前、声、変だよ。」

 Cは、Bの声で立ち止まりました。
そのとき、Cの体の輪郭がぼやけ始めている事に気がつきました。
Cが、ゆっくりと振り返りました。

「 そうかな、変かな。
 ははは、そうだね、変だね、おかしいよね、はははは。」

Cの青白い顔が歪んでいました。
私とBは、大声で叫びました。

「 うわあー。」



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[ 2006/12/06 00:05 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段9 

 私は傘を放り出して、階段を必死で駆け下りました。
Bも必死でついてきました。
もう、何処の階だか分かりません。
階段を駆け下りる足音が大きく響いていました。
 Cが追いかけてきている気がして二人とも必死でした。
私は、後ろからCに掴まれるんじゃないかという恐怖心から、涙を流していました。
Bも同じ気持ちだったと思います。
ぐるぐる階段をまわって駆け下りました。
そして、少し隙間の開いている扉を見つけました。
その僅かに明かりが漏れている扉を押し開いて、階段の外に出ました。
そこは、一階でした。
通路を思いっきり走って、そのままビルを飛び出しました。
私とBは、雨の中を駅に向かって走りました。
 駅には、塾から帰ってきたAが待っていました。

「 何、走ってんだよ。
 傘をさせよ、ビチャビチャに濡れているぜ。
 あれっ、Cはいないけど、どうしたんだ。」

私とBは、雨のあたらない駅のベンチに座って、Aに今までの経緯を話しました。
話しているうちに、段々と落ち着いてきました。
Aは、言いました。

「 とにかく、そのビルに行ってみよう。
 Cを探さなきゃ。」

 私たち三人は、映画館の隣のビルに向かって、暗くなり始めた歩道を歩きました。
冷たく降っている雨は、Bの傘に入っている私の肩を濡らしていました。
Aが、自分の傘をクルクル回しながら、私に言いました。

「 その映画館のトイレも怪しいな。」
「 うん、変な感じだった。」
「 そこで、Cに何かあったんじゃないか。
 映画館のトイレから戻って来るまでは、普段と変わらなかったんだろ。」
「 そう思うんだけど、僕もBも映画に夢中でCを良く見てなかったんだよ。」



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[ 2006/12/06 00:04 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)

湿った階段10 

 話しているうちに、映画館の隣のビルにつきました。
ビルを見上げると四階か五階ぐらいの高さしかありません。
もう一つ奥のビルは、手前のビルよりも高いのですが、10階以上あるとは思えませんでした。
三人で、ビルの中に入りました。
通路を真っ直ぐ歩いて左に曲がると、すぐに階段が見えました。
Bが、私に言いました。

「 あれっ、こんなに近くに階段があったっけ?」
「 いや、無かった。
 もっと、いっぱい曲がって、どんどん歩いたよ。
 おかしいなあ。」

 私たち三人は、一階の通路をぐるぐる歩き回りましたが、階段は先程のものが一つだけで、防火扉のある階段を見つける事はできませんでした。
階段を上がると、二階の連絡通路が見えています。
三階に上がると、三階の連絡通路が見えています。
さらに、階段を上がると、四階には会社の事務所があって、階段は終わっていました。
 次に、ビルを出て映画館に行きました。
入場券を売っているおばさんに、忘れ物をしたと言って私だけ映画館に入れてもらいました。
すぐにトイレを探したのですが誰もいませんでした。
トイレは明るく、前に入った時と感じが違っていました。
会場の中は映画が上映されていて暗く、人もいっぱいでCが居るかどうか分かりませんでした。
映画館の入り口に待っていた二人に、Cが見つからなかった事を報告しました。
 もう、手のつけようが無いので三人でT市の駅まで戻りました。
駅前に交番があったので、警察の人に相談したのですが、階段の話をした途端、相手をしてくれなくなりました。



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[ 2006/12/06 00:03 ] 湿った階段 | TB(0) | CM(0)
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